最近、塩辛い場所に凝っている。
私が住んでいるざ・ふぁーむ周辺は、湿地がそこらじゅうに広がっていて、身近で面白い生態系を観察することができる。殊に塩沼(ソルトマーシュ)のような汽水域は、豆粒のようなハチドリから、軍艦のように進行するペリカンまで、様々な鳥を呼び寄せる。
サンフランシスコ、ベイエリアの海岸と塩沼地帯をなぞるベイ・トレール(Bay Trail)を毎週末、少しずつ歩くようにしている。手術を受けてからフニャフニャになってしまった筋肉のリハビリを兼ねて、研究のアイディアを生み出すのにちょうど良い気分転換になっている。ベイ・トレールの緩やかな道は、
バナナスラッグが住む森とは勝手が違う。
Baylands Nature Preserve ではイソシギやカモメ、真っ赤な長い足でひょこひょこ歩くクロエリセイタカシギ、アオサギ、ツバメ、トゲオヒメドリなどが見られる。Harriet Mundy Marsh の方角へ歩いてゆくと、セイリングステーションの看板があり、小さな女の子とお父さんが二人乗りのカヤックを水に下ろしている。
ここで、愛鳥家の間で peeps という愛称で知られる、小ぶりなアメリカヒバリシギ(least sandpiper)の群れが忙しく何かを食べている。日本語のウィキペディアのページによると、
「〈クリィーッ〉、〈プリーッ〉などと鳴く」そうだ。だから日本語は楽しいですね。
もっとも、私たちが見たのはプリーッのプの字も出さず、黙々と食事を続ける。
小さな池を通りかかると、尾と翼の先が尖っている鳥を発見。滑らかな白い体に、黒い帽子を被った頭、朱色のくちばし。アジサシという海鳥の一種で、側をヨタヨタ歩いているカモメに比べると、スマートな容姿だ。空中で一定の場所に留まり、頭を下の水面に掲げている。急にピシャッと水に落下したかと思うと、銀色の小魚をくわえて再び空へ。これを一定のリズムで繰り返している。
一方、同じ池で餌を探している大柄なシロサギ。こいつは浅い水の中をゆっくりと歩きながら魚を捕まえなければならない。魚に忍び寄る策略なのか、エネルギーを節約しながら狩りをするタイプだ。しかし空中ダイビングが得意な格好良いアジサシに次々と魚を横取りされて、分が悪い。
ハーフムーンベイの近くのペスカデーロ・ビーチも塩辛い場所。地帯の移り変わりとその様々な表情が一度に楽しめる、海岸、塩沼、森がごちゃ混ぜになったハイキングトレールがお勧め。
去年の暮れに訪れた時は、これでもかこれでもかという程、沢山の鹿に遭遇。しかし何頭見ても感激は薄れないもの。
腕を伸ばせば触れるくらいの近さまで来た二頭の鹿は、アイスプラントの中から美味しそうな柔らかい葉を見つけては、それを器用にちぎって食べている。
ところで、アイスプラント(学名 Carpobrotus edulis )とは南アフリカのハマミズナの一種である。帰化植物としてカリフォルニアの浜辺でよく見かける。地帯が砂っぽかったり岩っぽかったりしても、アイスプラントはその葉と茎をせっせとめぐらせ、黄色やマジェンタ色の大胆な花を咲かせる。
みずみずしい葉は食べられるそうだが、小心者の私は試したことがない。こんな場所に生えていたら、塩辛くなっていそう。
見た目がピクルスに似ていることから美味しそうな名前の pickleweed を始め、塩辛い場所に適応した不思議な植物の数々。
いずれも生態系のデリケートなバランスを保つ重要な役割を持っているわけであるが、ナンデモアリフォルニアにおける観測史上最悪の干ばつの影響は実に深刻なもので、塩辛い場所の特殊なエコシステムも脅かされている。(カーボンオフセットとか持続可能農業とかにはすこぶる熱心なナンデモアリフォルニア人なのに、節水に関してはけっこう無関心だったりするので解らないものだ。)
一見雪景色のような、真っ白な塩沼の塩を背景にジョギングをする人。
ハーフムーンベイのルーザベルトビーチからエルマービーチまで散歩。
ハーフムーンベイというと、何となく霧が立ち込めている海がイメージとしてあるけれど、この午後は優しい光に恵まれ、海辺に並ぶ家の面白い建築などもじっくり見る余裕があった。
最近、学会で知り合った方とベイエリアの魅力について論じていた。彼女は10年にわたる海外滞在を経て、この夏ようやく地元のサンフランシスコに戻ってくると話していた。ずっと離れていて、一番恋しいと感じたことは?と尋ねてみると、彼女は少し考えて、
「自然…と一言で言うのは簡単だけれど、それだけではないのよね。」
彼女はニューヨークに住んでいたこともあったが、ニューヨーク(州)にだって大自然がある。ただ、街を出て、建物が消え始め、森が出てくるまでに何時間もかかるのだ。木を一本触ったらまたすぐ引き返さなければならない。一日がかりの上、事前に計画しておかないといけない。一方、ベイエリアの良いところは、ゆっくりソーマでランチをしてから、ちょっとビーチで散歩したいなと思いついたならば、ふらりと海に出られるところだ。
この「ふらりと」が重要だと思う。何時間もコードとにらめっこをしているけど全く進歩がないぞ、海に論文を持って行って読書しよう、誰もいないビーチを見つけてみよう、ここら辺のソルトマーシュを散歩しよう、と人を誘って出かけることが多い。ナンデモアリフォルニア人は恵まれていますね。
今は当たり前のようなことだけれど、いつかは私もここを離れて、ふらりと塩辛い場所に行くことができなくなってしまうのである。なので、いつも言っていることですが、旅に待ったなし。
どんどん、ふらりと出かけたい。
Or me.