カテゴリ:言葉と物( 12 )

桜とヤシの木

春のキャンパスの、ちょっと変わった組み合わせ。

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桜とヤシの木が隣同士で、張り合うように花と枝葉を見せっこしている。大学の説明に寄れば、この「ヨシノチェリー」は岐阜県からの贈り物だそうです。

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こちらはカイドウズミ(Japanese flowering crabapple)。ピンクの蕾が頬紅のようなアクセントになっていて、可愛らしい。

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アメリカハナズオウ(Eastern redbud)。

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ふと見上げると、鳥の巣が花びらに隠れている。このオフィスの人が羨ましい。

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これは何でしょうね。花の名前を沢山知っていて、まだ小さな私と一緒に散歩をしながら「これはモクレン」「これは沈丁花」と丁寧に教えてくれた祖父を思い出す。

最近のキャンパスは毎日、何か新しい花に気が付く楽しみがある。毛虫もぽつりぽつりと出没し始めましたが。



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by majani | 2017-04-02 06:47 | 言葉と物 | Trackback | Comments(2)

サヴィル・ロウ

ロンドン「下見旅行」の続きです。

日本語の「背広」の語源がロンドンにあるらしい。

ニーアル・ファーガソン著の本に、「セビロ」はロンドン中心部メイフェアの仕立て屋が並ぶ「サヴィル」通りから来ている説があると書いてあったのを、突如思い出した 。たまたまメイフェア周辺に泊まっていたので、ランチを探しがてら、「背広」の語源を求めて二人でサヴィル・ロウの散歩に出かけた。

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メイフェアはアップスケールなブティックや洋服店が並ぶ。

まずは作曲家ハンデルの家に寄り道。36年間、ハンデルは 25 Brook Street を住まいとし、ここで作曲をしていた。その200年後、伝説のギターリスト、ジミー・ヘンドリックスが隣の 23 番地に引っ越してきた。ハンデルが薄い壁のすぐ向こう側に住んでいたことを知り、ジミヘンは感銘を受けたそうだ。

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面白い偶然だけど、他に接点はあるのかな…と気になる人たちのために、ブルック街のフラットが資料館になっている。

長い間「ハンデル・ハウス」だったが、最近になって Handel & Hendrix in London という新しい名前で生まれ変わった。ハンデルだけでは観光客があまり来なかったのかしら。

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フラットの裏に回ってみると、小さなコブルストーン路地に隠れ家的なレストラン。

ロンドンで一緒にご飯を食べた教授の説明の受け売りですが、こういう路地は mews といい、その昔は一階が馬小屋として使われていたフラットが多い。

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Savile Row に到着。何か映画の撮影が行われているらしく、ごちゃごちゃした器具が散乱している。(ビートルズのレコード会社、アップル・コアの本社もこの通りにあるんですよ。)

さて、背広の語源の話に戻ると、サヴィル・ロウの サヴィル → セビロ という名が付いたというのが一説。

紳士服店をいくつか覘くが、どの店も客が入っていない。店内できちんと髪を梳かした細身のイギリス人店員がポケットスクエアを正したりしている。路上から見える薄明りの作業室は立派なミシンが並ぶ。男だったら一着作ってもらいたいところですが、高いのでしょうね。

因みに、オーダーメイドの仕立て屋のことを英語で bespoke tailor という。これもまたアメリカであまり聞かない言葉(特にスーツ文化が薄いサンフランシスコでは)。

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若者向けのビスポーク・テイラーも何件かあるが、サヴィル・ロウの老舗店といえば1806年創業の Henry Poole & Co.。すべてが手製なので、一着のスーツを作るのに60時間余り要する。ヘンリ―・プールのスーツはウィンストン・チャーチル、チャールズ・ディケンズ、オスカー・ワイルドなど様々な歴史的人物や文化人に愛されてきた。

後に昭和天皇となる皇太子裕仁親王も1921年にヘンリー・プールを訪れている。ファーガソンの本には、「結婚を控えているジャパニーズプリンスは、買い物三昧を楽しみにロンドンに来ていた」とある。ヘンリ―・プールの記録によると、皇太子は「高級なカシミアスーツ」や「縞模様のフランネルスーツ」の他にモーニングやディナージャケットなど、出来立てほやほやの洋服をたくさん持ち帰ったそうだ。

ふむふむ、皇太子がここに来たのねと二人で店の前に突っ立っていると、撮影の休憩中なのか、黒いジーンズにボマージャケットの若者が機材を抱えて出てきて、石階段にぺたりと座り込み、煙草に火を点けた。

ちょっと渋い、サヴィル・ロウの散歩でした。もう少し大人になってから、戻ってきたい。

ロンドンの旅、続く。

参考文献:Ferguson, Niall. 2011. Civilization: The West and the Rest. New York, NY: Penguin Books.「セビロ」とヘンリ―・プールの話は220-1ページ参照。




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by majani | 2016-12-10 07:32 | 言葉と物 | Trackback | Comments(0)

国づくり

シンガポール旅行記の続き。

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アルメニア教会や英国植民地時代からの古い建築物が残されている、シティセンターとは思えない静かな一角に迷い込んだ。コールマンストリートからアルメニアストリートへ歩いてゆくと、シンガポール切手博物館が見えてきた。


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日本軍がシンガポールを占領していた1940年代初め、英国の植民地支配のイメージから距離を置くのを目的に、日本文化・伝統を示す切手が発行される。「マライ」というカタカナの文字が印象的だ。なるほど、文化を広める場合、切手は大変役立つ。誰もが使わなければいけない物で、しかし高圧的な感じがしない。切手のデザインに政治的な意図があったわけですね。


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シンガポールは様々な文化、伝統、人種が入り混じる若い国。多様性をいかにマネージし、安定した国づくりをすればよいのか―こういった課題は独立当初から国の政治に深く根差している。ピカピカの高層ビルや建設工事現場などを見て、何となく感じたことだが、アジアの奇跡とも呼ばれる経済的成長の陰で、貧富の差が拡大していくことを考えると、「差」と「違い」の統治は、この国にとって、今なお重要な課題として在り続けるのでは。

何故急にこのような話をするかというと、シンガポールの「国づくり」が郵政に見受けられ、ちょっと面白いのです。

例えば、1969年に発行された「多様性を祝う」シリーズには、マレーの伝統的なダンスを披露する踊り子の絵や、中国のお面のデザインなどがある。濃いフューシャ、辛子色、ロビンズエッグブルーなど、綺麗な色彩だけれど、何故こんな切手をわざわざ作ったのか。切手は国全体で同じものが使われるわけだから、学校で教えられる教科書の内容や公用語と同様、国創りに関わっている。多様な人種と文化を、政治的紛争の元ではなく、ポジティブなものにしている。むしろ多様性こそが、この国のアイデンティティであるというメッセージを発信しているようにも感じられる。そんな若い国の様子が、こうしてちっぽけな一枚の切手に表現されているのだ。そう考えると、ね、感慨浅からぬものがあるでしょう。


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もちろん、政治と全く関係ない切手も。野生動物の描写が多く見られるシンガポールの切手。1990年代には、ヤッコエイ(blue-spotted stingray)の切手が発行される。当時、私は家族でシンガポールに住んでいたわけだが、家にこのエイの切手が大量に買い置きしてあったのを、切手博物館を訪れて久しぶりに思い出した。しかしこれほど買い込んで、一体誰に手紙を出していたのだろう。エイの切手は一枚残らず使われてしまった。


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館内の階段を案内してくれたのは、ヤギ?羊かな。

切手をじっくり拝見した後、一人で大いに興奮して出てきて、エイの切手があったよと母に報告した。「シンガポールで切手博物館を見てきた人なんて聞いたことがない」と母は笑っていた。これはもっともで、一般受けしないのがよく解る。とにかく地味である。小さな博物館で、遠足で来ている小学生(幼稚園児?とても小さな子供たちだ)のグループを除き、誰もいない。一階のチケット売り場、兼ギフトショップでは、麻のシャツを着た博物館のおばちゃんが中国茶を淹れて和んでいる。

あとネーミングが悪いことね。Philatelic Museum なんて言われても、フィラなんですって?と聞き返してしまう。Phil(o)- は古ギリシャ語で「愛する」とか「好む」という意味で、現代英語でよく登場する。哲学(philosophy)は英知に対する愛、慈善活動(philanthropy)は人類への愛、愛書家は bibliophile、フランス好きの人は francophile など、日常的な会話にも出てくる言葉が色々ある。しかし philatelic は一度も耳にしたことがない。ギリシャ語の ateleia は免税されている、という意味がある。文字通り「免税されている物を好む」切手趣味、ということなんですね、

という面倒くさい説明をしなくて済む Museum of Stamps にしちゃったらいいのに。もう少しお客さんが来ると思うんだけどなあ。

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私はシリコンバレーに住みながら、旅先から送る葉書にロマンを感じてしまう古い人間なので、中国茶を飲んでるおばちゃんの所で素敵な切手を買い、博物館の郵便ポストから絵葉書を投函…すればよかった!

良いアイディアは必ず、そんなに遠くないけど、戻るにはちょっと面倒くさい距離を行ってしまってから、ふと浮かぶ。


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by majani | 2015-06-15 06:37 | 言葉と物 | Trackback | Comments(2)

ゴーヤのせい

引き続き、一時帰国中の話。

いつからか、「趣味がない」というのが母の口癖になっていた。単に断言しているわけではなく、母の言い方からして、「私には趣味がないから、まったく困ったもんだ」という意味合いだと推測される。

趣味がないと如何して困るのかはさておき、この発言は世紀の大嘘、じゃなくてとんだ勘違いである。母は仕事を続けているにも拘らずむしろ多趣味だ。語学の習い事の他、読書好きで、家ではレコードをかけて父と楽しそうに踊っているし(私は空しく単独で)、的確でスピーディーな編み物を得意とする。母からアメリカ宛に送られてくる郵便物には、「先週、Law & Order を観ながら編みました」という葉書と一緒に手編みのカーディガンが丁寧に詰めてあったりする。母がエグイ発砲沙汰シーンなどを観ながら編んだと思うと、殊更カーディガンに愛着が沸く。

熱中していたかと思えばある日パタッと辞めてしまった「趣味」もある。母は一時期キルティングにはまっていた。「キルティング仲間」と一緒にそれは狂ったように針を動かし、当時住んでいた家には、ここはアメリカ中西部のカントリーハウス?と間違えられてもおかしくない量のベッドスプレッドがあった。全部が手縫いだったので私も小学校のときに手伝わされた覚えがある。様々な大作を築いたら飽きてしまったのだろうか、母の短くも激しいキルティング時代はアッサリと幕を閉じることになるが、今でも家の変な場所からキルティングの切れ端(未完成の作品があったらしい)がぽろっと出てきたりする。何故あれほど夢中になっていたか、母自身にも理解不能だ。

キルティングやらには流行り廃りがあるが、母は長年ガーデニングを愛してきた。この趣味だけは、変わらぬまま。ガーデニングと言ってもマンションなので、大半が室内もしくはベランダで育つ植物である。ココヤシ(愛称はそのままココヤシちゃん)や、パキラ(パキラちゃん)、まん丸の大きな種から育て上げたアボガド(やっぱりアボガドちゃん)、オリヅルラン(少し難しい名前になると、あだ名が付かないらしい)などは昔から我が家に住んでいる。季節によってシクラメン、ポインセティア、オクラ、プチトマト、ハーブ各種が登場する。

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大きくなり始めてまだ日が浅い。


今回、私が実家に帰ると、ベランダでゴーヤが元気に育っていた。それはベランダの一角に覆いかぶさるように蔓が伸びており、所々に薄い黄色の花が咲いている。葉は顎のラインが尖ったコアラの顔のような形だ(分かりにくい説明)。そして一番下の方に、一つだけ小さな萎んでしまった緑の風船のような物体がある。葉が生えてもいないようなところにゴーヤの実が生っているではないか。長年大切に育ててきたのに一度も実ができなかったアボガドに対し少し冷たく接する母のその愛情は今、この一つのゴーヤの実に全力で注がれている。もっと蔓が渦巻いているようなところに生るものだと思っていたが、とりあえず頑張れ、ゴーヤちゃん!思わせぶりで気まぐれなアボガドに代わって、母の愛に応えてくれるだろうか。

みるみる大きくなる、丸みを帯びたゴーヤ。それを煙草を吸いにベランダに出た父が真剣な表情で観察し、水をやったりしている。

このゴーヤのせいで、私はとうとうワゴンから落ちてしまった。何回目になるだろうか。「ワゴンから落ちる」(fall off the wagon)は元々「禁酒に失敗する」という意味があるが、ダイエットなどに失敗したときにも用いられる。私の場合は喫煙に失敗したのだ。それも潔く落下したというよりも、鯨を見にいった7月からずるずると引きずり下ろされ、とうとうワゴンに逃げられたという感じである。


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Baron C. de Grimm. 1893. Public domain.

それにしても日本は煙草が吸いやすい。北ナンデモアリフォルニアに比べれば喫煙者が断然に多いし、お酒がある所では必ず煙草が吸える。

いえ、環境のせいにしているわけではないですよ。ゴーヤのせいなのです。

ベランダに出るとゴーヤがまずそこにあり、その手前に父が灰皿代わりにしている大きな皿と低い椅子が置いてある。椅子に座るとちょうど目線がゴーヤちゃんのところに来る。ゴーヤの様子を見に外に出ると椅子に座るのが自然で、座るとちょうどそこに灰皿があるのだから、では一本吸いながらゴーヤを眺めようではないか、となってしまう。東京には私の喫煙の友、ウッドバート・ドミンゴがいないかわりに、ゴーヤちゃんが煙草の友になってしまった。

しかしそのゴーヤちゃんも先日収穫されてしまった。「もうそろそろ収穫の時期じゃない?」「まだ大きくなるんじゃない」「そろそろ収穫していいかなあ」「いいや、まだまだ」「今日くらい収穫?」という他愛ない家族会議が何日か続いた末、我慢できなくなってしまった母が、「私、収穫しちゃう!」とベランダに飛び出て、勢いで切り取ってしまった。

立派なゴーヤチャンプルに変身したゴーヤちゃんは、あんなに可愛がられていたのに実際に食べてみると「なんか、けっこう苦いね」と不評だった。そりゃあ苦いよ、ゴーヤなんだから。

再び煙草の友がいなくなり、少し寂しいベランダ。今朝、何も生っていないゴーヤの蔓をぼーっと見ていたら、なんと、奥の方にもう一つゴーヤの実ができている。食べてしまったゴーヤより何倍も大きく見える。受粉もせずに放ったらかしにしてあったのに、こいつはひっそりとすくすく成長していたのだ。

新しい煙草の友(ゴーヤちゃん二号)ができてベランダに出る楽しみがまた一つ増えてしまい、当分ワゴンに乗れないのではないかと心配になる。自分が強い意志を持てばできるはずなのに、やはりゴーヤのせいにしてしまう今日この頃。

その一方で母はそろそろゴーヤに飽きてきたようで、新しい「趣味」を開拓しようとしている。

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by majani | 2014-09-12 00:04 | 言葉と物 | Trackback | Comments(0)

本屋で憂鬱症のペンギンと知り合う

この間、サンフランシスコのシティーライツ本屋City Lights Books)のウィンドウ前でコーヒーを飲んでいたら、「良い本屋とはどんな本屋だと思う」と友人に聞かれた。

「それは人によるんじゃない」

「じゃあ、君の場合は」

「具体的な本を探しているとき、それが見つかると嬉しい」

「人によるというか、それは誰でもそうだと思うけど…」

まったくそのとおりである。そこで「良い本屋」について少し考えてみた。

もっとも、最近は近所の古本屋に入り浸っていることが多い。いつも「旅に待ったなし」をモットーに生きている私は、本屋に入ったときも「本に待ったなし」と思ってしまう。たまたま見つけた面白そうな本をその場で買っておかないと、次に本屋に入ったときに見つからなくなってしまうからだ。表紙の色やデザインはぼんやりと記憶に残っていても、タイトル、ましてや著者を覚えていることは極めて稀である。つまり忘れっぽいのだ。

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古本屋の掘り出し物。

この「たまたま見つけた」というのが重要で、別のものを探している途中に何気なく手にとった本のページをぱらぱら捲っていたら、じわじわと興奮してくるのが良い。家に持ち帰って一気に読みたくなるような本、それも書評など見つからないような無名の作家が書いた小説や、表紙が大人しいわりには一ページ目からにして不条理な展開が待ち受けている短編集など、そんな本に偶然に巡り合うと実にワクワクするではないか。

こういった「偶然」を確実に生み出す本屋、それが私にとって良い本屋である。もちろん、まったく無茶な要望で、「偶然」を「確実に生む」ことは矛盾しているように思える。しかし本の配置やテーマ別のディスプレイなど、工夫の余地が色々あるわけで、この点で本屋側は美術展のキュレーターに似ている。「たまたま見つけた感」が如何に感激的で、またどのような頻度で生まれるかは、ある程度、本屋側のセンシビリティによって決まるような気がする。

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印象深い表紙なのに小説家の名前をすぐ忘れてしまう、悪い癖。 Royle, Nicholas. 2013. First Novel. London: Random House UK.

こんな会話を友人としていた City Lights Books はサンフランシスコの中華街とノースビーチの境目にある有名なインディペンデントブックストアだ。昔はビート詩人や小説家が集まった、映画に喩えるとミニシアター系、音楽に喩えるとインディー系とでも言おうか、とにかくお洒落でヒップな本屋である。地下のノンフィクションの在庫は乏しく思えるが、フィクションに関しては充実しており、入り口近くの最新ペーパーバックを始め、ウィンドウに飾った風変わりな本や世界文学の本など実に楽しい品揃えで、面白い本が「たまたま見つかる」ことに期待できる本屋である。また、二階の詩の部屋や本棚の間などに椅子が置いてあるので、立ち読みどころかしっかり座って本を吟味することができる。

サンフランシスコの街に出ることはあまりないが、近所のインディペンデントブックストアや古本屋にはよく立ち寄る。古本屋の場合、一見キュレーター並みの工夫は何も無いが、やはりどんな古本を買い取るかによってその本屋の独自性が現れる。近所の古本屋は、クラシックな本の早版や少し変わった限定版、また詩集もかなりの数が置いてあり、うかうかしていると二時間ほど長居してしまう危険がある。先日訪れたときは、狭い通路に山積みにされていた本の中から「ジョン・ミューアの歌」という薄いノートみたいな本が出てきた。ミューアウッズのことは以前少しだけ書いた。投げやりな感じに通路に置いてあったのを手にとって始めて知ったが、ミューアは作曲もしたらしい。たまたま見つけた本は、挿絵付きのミューアの曲集だった。

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出会い物はジャケ買いもアリ。Nooteboom, Cees. 2003 [1994]. Trans. Harvill Press. London: Random House UK.

今まで「たまたま見つけた」本の中で気に入っている例として、ウクライナ人作家アンドレイ・クルコフの『ペンギンの憂鬱』1996年)。憂鬱症のペンギン、ミーシャと共に暮らしている貧乏作家の話で、不思議に満ちた悲喜劇だ。ハードボイルドな要素があるにも関わらず、不眠に悩むミーシャが人間っぽくアパートを歩き回ったりため息をついたりするシーンなど、日常生活の哀愁と孤独の描写が面白く感じられる。

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私もウツっぽいペンギンと暮らしたい。Kurkov, Andrejy 2001 [1996]. Death and the Penguin. Harvill Panther.

因みにロシア語の原題は『氷上のピクニック』、私が読んだ英訳は Death and the Penguin 『死とペンギン』である。海外文学のタイトルがどうやって訳されるか、その翻訳政治について私は何も知らないが、実に興味深い。例えば、続編に Penguin Lost (ざっと訳してみると『喪失したペンギン』、『ペンギン喪失』)があるが、原題は『カタツムリの法則』で、また仏題は Les pingouins n’ont jamais froid (『ペンギンは寒がらない』)。この『カタツムリの法則』というタイトルがとても気になる。

もう一つ例として、60年代におけるラテンアメリカ文学ブームの代表的な作家であるマリオ・バルガス・リョサ。よくガブリエル・ガルシア・マルケズなどとひっくるめて「ラテンアメリカ文学作家」とされてしまっている(私もたった今そうした)。最近、彼の作品の中であまりよく知られていない非政治的な本が気に入っている。ユーモアたっぷりの『継母礼賛』(1988年、Elogio de la madrastra )も、やはり、たまたま見つけた本だ。

友人との会話に戻るが、私たちの場合、基本的に毎日読んでいる本はウツっぽいペンギンとかセクシーな継母とかの話でないことは言うまでもない。研究の関係で本を探しているときは普通の書店で見つからないケースが多いため、インターネットで購入するか図書館で借り出すことになる。偶然に頼ることも、もちろんない。

「じゃあけっきょく良い本屋に求めるものは何だろう」と友人。

「小さい本屋ってけっこう好き。まあ、小さいから良いということはないけれど。一番嬉しいのは、まさにこの本屋に入らなかったら絶対に知ることのなかった本が見つかることじゃないかな。」

「ふーん、なるほど。僕は大きな書店も好きだけどね。平積みになっている本を見るのって楽しいと思わない。なんとなくトレンドも分かるし。」

「そうそう。あと、心地良いアームチェアが所々に置いてあるとさらに良いね。」

「けっきょく本屋でもくつろいじゃうんですね!」と明るくコメントする友人。

本屋でもが余計だが、それはさておき…。

ある意味、大学院生は憂鬱症のペンギンのようだ。同僚や教授と共同研究をする時期もあれば、孤独な時間もあり、夜遅くオフィスを歩き回ってため息をつくこともしばしば。くつろぐ時間は大学院生にとって、とても大切な時間だと思う。インターネットで本を買うのが主流になっている時代だからこそ、昔ながらの本屋に足を運んで、偶然と憩いを求めてしまうのかもしれない。

あと、冷房。ざ・ふぁーむは最近、とても暑い。

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by majani | 2014-08-04 14:53 | 言葉と物 | Trackback | Comments(0)

変なスペイン語

気が狂ったのか、スペイン語の勉強を始めた。上手くいけば5ヶ国語目の取得となる。

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Mexicana. Vintage Mexican Graphics. Ed Jim Heimann. New York, London: Taschen, 2002. Cover art: Torrero.

先週、ざ・ふぁーむのインテンシブな夏期講習で習い始めた。集中講座だけあって、毎日4時間の授業があり、さらに少なくとも4時間程度かかる宿題が大量に出る。私のような「今日は休んで、週末にやっつけ仕事で一気に片付けてしまおう!なんとかなるさ、へっちゃらへっちゃら」というキリギリス的な人間を厳しくコントロールするために、毎日何かしら提出しなければならない。夏休み中こちらに残っているわずかな学部のネイティブスピーカーを捕まえて、インタビューをさせてもらったり、クラスメートとビデオを作ったり、けっこう面倒くさい宿題もある。しかし学期中に習う時間は無いので、この夏が勝負だ。わずか8週間で一年分のスペイン語が身につく(らしい)。

アメリカの大学でロマンス語を初級から学ぶのはこれが初めてである。聞いてはいたけれどやはり驚いたのは、文法の勉強がほとんどゼロ。文法は自宅で自習するようになっており、授業中は4時間ずっと喋っていることもある。目まぐるしいスピードで様々なテーマに取り組む。挨拶、自分の街を説明する、国の名前、大学生活を説明する、好きなこと、食べ物、レストランで注文する、時間、手紙を書く、服、ショッピング…。早くも5日目に過去形に突入!

お昼に地下のクラスルームから浮上すると、ああ、太陽が眩しく感じられる。喉が痛くなっている。あの小さな教室の外で、時がこんなにゆっくり流れていたとは。

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Blanco y Negro という雑誌のカバーアート。Blanco y Negro, June 1933.

何も理由なしにスペイン語を始めた訳ではない。後にラテンアメリカでフィールドワークをする予定なので、少しでも会話ができたほうが良いのではないかと思い立ったのだ。

海外で、特に初めて訪れる国で言葉で困るのは嫌いだ。どうせ困るのだったら、コミュニケーション以外のことで困りたい。「困ったなあ、食べすぎちゃって動けないよ」とか、「最後のバスが出てしまったようだから、今夜はこの素晴らしいホテルにもう一泊しないといけないのかあ、実に困った」とか、私の頭の中には都合の良い困り方しかインプットされていない。

少し前、ロマンス語を一つ持っていればスペイン語なんて自習ですぐ解るようになると教授に言われたことがあり、そうか、スペイン語を喋る人々と時間を過ごせば自然に身に付くかもしれないと、またまた都合の良いことばかり考えていたら、全くそのとおり…であるわけがなかった。

授業を始める前の私は、お隣に住んでいる小さなお嬢さんがスペイン語で「早くドアを開けて!」と毎日叫んでいるのが身に付いていただけで、後は「ありがとう」、「煙草吸いたい?」、「私も」と、ここには書けない汚い言葉くらいしか知らなかった。ありがとうは別として、他は全く役に立たない言葉ばかりである。

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Blanco y Negro という雑誌のカバーアート。これは裏面。Blanco y Negro, June 1933.

ところで、生徒は他に6人いる。女は私ともう一人の若い女の子しかいないが、年齢も人種も皆バラバラで面白いグループだ。先生は博士課程の学生でメキシコ人女性である。学生の身で毎日4時間も教えるのは、とても大変なことだと思う。私は週に2時間教えるのに毎週ぐったりしていたけれど、スペイン語の先生はファイトがある。

私のパートナーによく指名される仮名マルコという19歳の若い子がいる。私はこのマルコ君を凄く気に入っている。マルコ君が考える文章の例は実に変で面白いのだ。

先日、「○○は…」で始まる文章の続きを自分で適当に考え、色々な動詞を正しく活用して完成させるという練習をした。私が当たったのは、「彼女たちは…」と「出かける」という動詞で、また「金曜日」を文章のどこかに入れることを指示された。例えば「(彼女たちは)普段金曜日に映画館に出かけます」と言う。日本語と同様、主語を落としても良いが、スペイン語の場合動詞の活用形が異なる。

しかしこれはつまらない例だ。さて、マルコ君は「労働者たちは…」と「~を持っている」という動詞が当たった。そこでマルコ君は瞬きもせず、こう言ったのである。

「労働者たちは肉と水を沢山持っています。」

とても変だ。しかし面白い!オリジナルだ!もっとマルコ君に当ててくれないかなあ、先生。

「え?」先生は聞き返した。

「だから、労働者たちは肉と水を沢山持っています。」

「そう…。まあいいわ。文法は間違っていないから。」

先生も変だと思ったらしい。

その後、食べ物の話をしているわけでもないのに、やたらと「肉」という言葉を使いたがるマルコ君。

「普段、火曜日の昼間は何をしますか?」とスペイン語で聞くと、

「火曜日の昼間は肉を料理します」という答えが返ってくる。

確かに carne (カルネ)という言葉の発音は楽しいけれど、何も昼間っから肉料理作らなくてもいいのに。また、違う会話の練習をしていたら、「ペネロペとホルへはヨガが好きで」とマルコ君が言い始めたので、これは普通だなと思っていたら、

「ペネロペとホルへはヨガが好きで、肉も好きです。ですが、2人は週末は海に行きます。海はとても綺麗で楽しいです。そして平和です。」

関連性ゼロ!素晴らしい。ヨガと肉の後に何故か海の説明ってシュールすぎる。「ですが、海に行きます」という部分が泣ける(?)ではないか。良く考えると、ここにも肉と水の要素がある。マルコ君はきっと肉と水が好きな育ち盛りの若者なのだ。

明日は中間試験があるので、そろそろ勉強し始める。一週間が過ぎ、今の私は「ありがとう」以外に丁寧に「煙草はどこで買えますか?」と聞けるようになった。これも小さな進歩だ。



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今日食べたものとか。
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by majani | 2014-06-30 17:14 | 言葉と物 | Trackback | Comments(1)

理不尽な亀

スワヒリ語の授業で、自分の文化の昔話をスワヒリ語で書き、それをクラスで発表するという全く意味不明な宿題が出た。

ケニヤやタンザニアの昔話をスワヒリ語の原文で読むほうがよっぽど合理的なのではないかと疑問を持ちながらも、早速宿題に取り掛かる。幼いときに読んでもらった本など、テレビで観ていた『日本昔話』を思い出したりして、「如何に明確に詳細を覚えているか」と「如何にスワヒリ語に訳しやすいか」という二つの基準で昔話を選択する。前方が良くても後方が全然駄目だったり、翻訳がいけそうでも話がどうやって完結するのかうろ覚えだったり、これがけっこう難しい。

一寸法師にしようかと思ったが、「一寸」を説明するのがまず面倒くさいのと、小槌なんてややこしい物は絶対に避けたい。猿蟹合戦の臼にも同じ問題があり、その上、蜂はともかく栗やら牛糞やらが蟹の子供と敵討ちをするのをスワヒリ語で面白く語る自分がどうしても想像できない。「何故牛糞が動いたり喋ったりしているのだ」と先生に突っ込まれて終わりそうだ。

そこで候補にあがったのが浦島太郎。亀という言葉を覚えているし、海と魚も持って来いだ。竜宮城のご馳走シーンを愉快に伝えられそうな変な自信が沸いてくる。玉手箱は普通の「箱」にしてしまってもなんとかなるだろう。よしよし、これで決まりだ!と張り切って、翌日クラスに行った。

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歌川国芳(1852年)。浦島太郎


そもそもスワヒリ語を習おうという人が少ないせいか、私が入っている中級のクラスは私を含めたったの二人しか生徒がいない。しかももう一人の生徒はケニヤで生まれ育ったれっきとしたケニヤ人で、流暢なスワヒリ語で喋れるのにも関わらず何故かこのクラスにいる。私のモタモタしたスワヒリ語を聞いていて何が楽しいのか、なでぃーむ君よ。

そのなでぃーむ君がインフルエンザで休んでいたので、逃げる場なく一人で先生と向き合うことになる。(先生はケニヤ人で、渡米する前は言語学をナイロビの大学で教えていたらしい。)浦島太郎の話をスワヒリ語でしたら、先生はしばらく首を傾げて腕を組んでしまった。

「その亀は助けられたんじゃないのか」と先生が聞く。

「そうです。助けてもらったから海の城に連れて行くのです。」

「そうか…」

なんだか納得がいかない様子なので、私のスワヒリ語に何か間違いがありましたかと質問をすると、先生はプンプン怒ってこう言う。

「助けてもらったくせに、男にとんでもないプレゼントを渡すとは、理不尽極まりない。実に理不尽な亀である。」

確かに、言われてみれば理不尽な贈り物である。

「えーと、亀自身が渡したわけではないと思いますが」と適当な言い訳をしても、先生はまだ不満な様子で、

「子供にこんな話をしているのか。しかし教育上悪いんじゃないか。教訓は一体なんだ?亀を助けるなという教訓なのか?!」と今度は混乱し始めている。

参ったなあ、理不尽なウミガメに囚われているよ。しかしそこで「亀にこだわりすぎですよ」とも言えず、「こんな昔話もあるんです、ちょっと聞いてください」とごまかし、こんなこともあろうかと非常時のためにバックアップとして用意してきた舌切り雀の話をする。バックアップを用意してきた自分、偉いなあ。

雀は前もって辞書で引いておき、ショレワンダ( shorewanda )という言葉を使った。葛篭は小槌同様、直訳が存在しない感じなので、玉手箱方針で普通の「箱」、サンドゥーク(sanduku )にする。

すると今度は先生は大いに喜び、拍手までされてしまった。私のパワフルなストーリーテリング技術と表現力に感銘を受けたのだ、きっと。

「これは分かりやすくて良い話だ。実に良い教訓だ」と褒めて(?)下さった。

もう何でもいいです。めでたし、めでたし。


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by majani | 2014-05-20 15:43 | 言葉と物 | Trackback | Comments(0)

ビール眼鏡

目覚めたら、世界がくっきり見えた。コンタクトレンズをはずし忘れて寝てしまったらしい。リビングルームは、財布やらペンやらバッグの中身の全てがカーペットの上に散らばっていて、蚤の市状態。髪はごわごわしているし、電話には不在着信通知とメールが溜まっている。どうやら、久しぶりに飲みすぎた。

これは土曜日の話。家が蚤の市状態になる前夜、サンノゼでチャヨーテを一緒に試してみたヘブンフィールドさんと、彼の高校時代の同級生とその友人と一緒に飲みに行った。タコスとかガーリックフレンチフライとか、アルコールを吸収してくれそうなものを食べていたつもりだったのに、ピルズナー、ヘーフェヴァイツェン、シュヴァルツビア等、色々なビールを楽しく飲んでいたらけっきょく酔ってしまったようだ。

スワヒリ語の授業でアルコールに関する慣習的な表現を習ったばかりなので、私の一週間のテーマは「酔っ払い」だった。

「クヴァー ミワーニ」(kuvaa miwani)は文字通り「眼鏡をかける」という意味だが、使い方によって「酔っ払っている」(kulewa)状態を示す。

英語にも「ビールの眼鏡」あるいは「ビールのゴーグルをかける」(wear beer goggles)という表現がある。スワヒリ語の「クヴァーミワーニ」と異なり、英語のビール眼鏡は飲んだことによって周りの人や物が実物よりも美しく、又は楽しく思えることを意味する。アーネスト・ヘミングウェイだって周りの人をもっと面白くするが故に飲むとか書いていなかったっけ。

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アマゾンでこのフリッジ・マグネット が買えるらしい。

例えば、バーで友達と飲んでいたとしよう。そこで女友達の一人がバーの向こうに座っている男性を指差して、「あの人カッコイイと思わない」と言うので、どれどれと早速チェックしてみるとそれがとてもさえない男だ。こんな時に、「全然格好良くないよ。ビール眼鏡のせいだよ」と言う。私はよくビール眼鏡をしているんじゃないかと指摘されるが、それは好みのタイプが違うだけだと信じている。

今、ビールを飲みながら仕事をしているが、仕事はちっとも美しくも楽しくもならない。サンフランシスコの地ビールメーカー、アンカー・ブルーイング・カンパニー (Anchor Brewing) のボックビールを飲んでいるのだが、どのブルーアリーでもボックビールは必ずといってよいほどラベルはヤギの絵だ。

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From lautering.com. ボック・ビールのヴィンテージ広告。ヤギが少女(?)と踊っている。


何故だろう。ギリシャ神話に出てくる体が半分ヤギで好色な神のパーンとか、ヤギの頭を持った悪魔バフォメットとか、そういうイメージのつもりなのだろうか。

ボックはドイツ語でヤギなのかも。そういえば英語のバック(buck)に似ているような感じがするけど、それは果たして関係あるのだろうか。疲れているのであまり調べる気にならない。

話が少しそれて、イギリス英語で「疲れていて感情的」( tired and emotional )というのは酔っ払っていることを意味さす。先日の「フランスの手紙」に次ぎ、いかにもイギリス英語らしい婉曲表現で、気に入っている。そういえば、私は常時、文字通りに疲れているし感情的になっている。たまには婉曲表現としてこの二つの言葉を使ってみたいものだ。

 

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by majani | 2014-05-14 17:51 | 言葉と物 | Trackback | Comments(0)

新しいフーコー

今週の哲学のセクションは拷問と死刑の話をする予定だ。生徒たちに読ませている論文で、フランスの思想家ミシェル・フーコーやモンテーニュを引用している学者がいたので、そういえば自分のフーコーの本はどこにやったかなと家中をひっくり返してみたところ、一冊も出てこない。オフィスに隠れているのか、ニューヨークか日本に置いてきてしまったのか、わからない。

せっかく早起きできたのだからすぐ仕事にかかればいいのに、何故かアマゾンでフーコーの本ばかり見ている。仏語版は大学時代使っていたものがどこかにあるはずなので、良い英訳がないか色々検索してみた。するとVintage 出版社の割と新しい『監視と処罰』を発見し、心が動く。この表紙、凄くイイ。

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何がイイかって、ごちゃごちゃした推薦文が一切無く、普通の木製の定規の絵とミニマリストな字体のタイトルだけだ。殊にこの定規が上手く使われている。昔のイギリスの寄宿学校とかアイルランドの男子校とかが設定の小説によく出てくるような話で、何か悪いことをすると先生に定規で手のひらを引っ叩かれるという恐ろしさを思い起こさせる、明確で理解しやすいイメージだ。


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フーコーの本をシリーズで再版したらしく、『監視と処罰~監獄の誕生』の他に『性の歴史』全巻や『狂気の歴史』など同じスタイルの表紙で手に入る。例えば、『快楽の活用(性の歴史)』 はかじりかけのリンゴの絵。もちろん、エデンの園のアダムとイヴを想起させる。かじった跡が多少黄ばんでいるところも意味深い。こういう細かいところまで気を使っているのですね。


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『言葉と物』 “The Order of Things” という公定の英題になっているため(order は順序・秩序)、マトリョーシカが表紙に並んでいる。『知識と権力』 は冠の絵。

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わああシリーズを一式大人買いしたい!ってなってしまう。とても効果的なマーケティングである。侮れないヴィンテージ社。

昔からヴィンテージ社のブックカバーが好きだ。こういう印象的なイメージ一つで勝負するシンプルな表紙もあれば、手の凝ったデザインの表紙もあり、いずれにしてもセンスが非常に良い。因みにフーコーで今でも一番印象に残っているのが、大学時代に初めて読んだ『ピエール・リヴィエールの犯罪』。(原題は Moi, Pierre Rivière, ayant égorgé ma mère, ma sœur et mon frère... Un cas de parricide au XIXe siècle. 「私、ピエール・リヴィエールは母、妹、弟を殺害しましたが…」というショッキングなタイトル。)これもカッコイイ表紙で再出版してくださいとヴィンテージ社に頼みたいものだ。

朝っぱらから何をやってるんだか、アマゾンでブックカバーを堪能した後、キャンパスへ向かう。

獣道は毛虫が多いので、最近避けていた。今日、久しぶりに獣道を使ったら、啄木鳥に出会えて嬉しくなった。手を伸ばせば触れるくらいの距離にいる啄木鳥は赤い帽子をかぶってぼーっとしていた。しばらく息を潜めて眺めてからまた歩き出したら近くの違う木に鷹が留まっていて、鋭い眼をぼーっとしている啄木鳥の方向にやっている様子だったので、ハラハラした。獣道は険しい。

昼ごはん。オフィスメートの助奈探君とカフェテリアに行き、サーグ・チキンとナンを食べる。コーヒー(一杯)。

夜までキャンパスで仕事をしていたら近所のスーパーの閉店時間が過ぎてしまった。食料品が何もない家に買えってきて、ひもじいなあと思いながら冷蔵庫を整頓していたら(ピクルスの瓶を4つも発見)、後ろのほうから巨大な茄子が出てきた。宝くじに当たったような気分だ。ナンデモアリフォルニアの茄子は大きくて、私の顔くらいある。とういうわけで、晩ごはんは茄子の天ぷらとご飯(一膳)。ワイン(2杯)。


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by majani | 2014-05-09 17:11 | 言葉と物 | Trackback | Comments(0)

オランダ風に払う

昨日、インド料理店のハッピーアワーに行った。空いている時間帯にお酒が安くなっていることをハッピーアワーという。店によっては食事も安くなっていたりする。

たらふく食べて飲んだ後、勘定をするときに、「この間おごってもらったから今日は私のおごりね」とサファリさんが言った。いやいや、そんなこと言わずに  “Let's go Dutch” と私は言った。

直訳すると「ダッチ(オランダ人的・オランダ風)で行こうじゃないか」。とても変な訳だ。「割り勘にしようよ」という意味合い。どこでこの表現を覚えたのか今となっては忘れてしまった。アメリカではあまり聞かないので、ひょっとしたらイギリス英語の言い回しかもしれない。

自分で口にしておきながら、はっとした。「オランダ人的に払う」とはどういうことだろう。オランダ人はいつも割り勘なのか?もしかしてレッツ・ゴー・ダッチはイギリス人が発明した人種差別的な表現なのか?(勝手にイギリス人だと想像している私も私だが。)頻繁にレッツ・ゴー・ダッチって言い放っているので、いけないことなのではないか心配になってきた。実際オランダ人の友人にも一度言ったような気がする。

このような表現が他にも思いつく。例えば、英語の汚い言葉を使ったときに、 “Excuse my French” と言ったりする。「おっと、フランス語で失礼!」ということ。フランス語は汚い、フランス人は野蛮とかなんとか、そんなイメージがあって定着したのだろうか。

 

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Regimental Nicknames and Traditions of the British Army  (1916).


少し話が変わる。性教育に関するプロジェクトをしていたことがあり、そのおかげで(せいで?)変な言葉だけ4ヶ国語で言えるようになった。日常会話では全く役に立たない「コンドーム」とか「性の健康」とかそういう言葉。

最近、アフリカのフィールドワークからナンデモアリフォルニアに戻ってくる途中、ロサンゼルス行きの便がエンジントラブルで欠航になり、パリで2日間足止めされるという迷惑だけどちょっぴりラッキーな感じの帰路の旅となった。変なホテルに泊まらされ、ずっと使っていなかったフランス語を喋る羽目になってしまい、そこでコンドームのことならいくらだって会話ができるのに「アダプター」をなんていうのか知らなくて恥をかいた。

枕が長くなってしまったが、フランス語で俗にコンドームのことを「イギリス帽子」と言う。「イギリス」を省いてただの「帽子」になっていることもあるが、おそらくバッキンガムの前に立ってるロイヤルガードのあの背の高い帽子がイメージになったと私は考えている。(今、考えた。)さらに可笑しいのが、一度も聞いたことがないけれど、英語では俗にコンドームのことを「フランスの手紙」というらしい。それにしても本当にイギリスとフランスはお互いを馬鹿にしているんだなあというのがうかがえる。もちろん、これも私の勝手な解釈。


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by majani | 2014-05-02 19:58 | 言葉と物 | Trackback | Comments(0)


ナンデモアリフォルニアの某大学院で研究中。海外生活、旅、散歩で出会った生き物などの記録です。たまに哲学や語学に関するエッセイもどきも。


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