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国づくり

シンガポール旅行記の続き。

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アルメニア教会や英国植民地時代からの古い建築物が残されている、シティセンターとは思えない静かな一角に迷い込んだ。コールマンストリートからアルメニアストリートへ歩いてゆくと、シンガポール切手博物館が見えてきた。


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日本軍がシンガポールを占領していた1940年代初め、英国の植民地支配のイメージから距離を置くのを目的に、日本文化・伝統を示す切手が発行される。「マライ」というカタカナの文字が印象的だ。なるほど、文化を広める場合、切手は大変役立つ。誰もが使わなければいけない物で、しかし高圧的な感じがしない。切手のデザインに政治的な意図があったわけですね。


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シンガポールは様々な文化、伝統、人種が入り混じる若い国。多様性をいかにマネージし、安定した国づくりをすればよいのか―こういった課題は独立当初から国の政治に深く根差している。ピカピカの高層ビルや建設工事現場などを見て、何となく感じたことだが、アジアの奇跡とも呼ばれる経済的成長の陰で、貧富の差が拡大していくことを考えると、「差」と「違い」の統治は、この国にとって、今なお重要な課題として在り続けるのでは。

何故急にこのような話をするかというと、シンガポールの「国づくり」が郵政に見受けられ、ちょっと面白いのです。

例えば、1969年に発行された「多様性を祝う」シリーズには、マレーの伝統的なダンスを披露する踊り子の絵や、中国のお面のデザインなどがある。濃いフューシャ、辛子色、ロビンズエッグブルーなど、綺麗な色彩だけれど、何故こんな切手をわざわざ作ったのか。切手は国全体で同じものが使われるわけだから、学校で教えられる教科書の内容や公用語と同様、国創りに関わっている。多様な人種と文化を、政治的紛争の元ではなく、ポジティブなものにしている。むしろ多様性こそが、この国のアイデンティティであるというメッセージを発信しているようにも感じられる。そんな若い国の様子が、こうしてちっぽけな一枚の切手に表現されているのだ。そう考えると、ね、感慨浅からぬものがあるでしょう。


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もちろん、政治と全く関係ない切手も。野生動物の描写が多く見られるシンガポールの切手。1990年代には、ヤッコエイ(blue-spotted stingray)の切手が発行される。当時、私は家族でシンガポールに住んでいたわけだが、家にこのエイの切手が大量に買い置きしてあったのを、切手博物館を訪れて久しぶりに思い出した。しかしこれほど買い込んで、一体誰に手紙を出していたのだろう。エイの切手は一枚残らず使われてしまった。


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館内の階段を案内してくれたのは、ヤギ?羊かな。

切手をじっくり拝見した後、一人で大いに興奮して出てきて、エイの切手があったよと母に報告した。「シンガポールで切手博物館を見てきた人なんて聞いたことがない」と母は笑っていた。これはもっともで、一般受けしないのがよく解る。とにかく地味である。小さな博物館で、遠足で来ている小学生(幼稚園児?とても小さな子供たちだ)のグループを除き、誰もいない。一階のチケット売り場、兼ギフトショップでは、麻のシャツを着た博物館のおばちゃんが中国茶を淹れて和んでいる。

あとネーミングが悪いことね。Philatelic Museum なんて言われても、フィラなんですって?と聞き返してしまう。Phil(o)- は古ギリシャ語で「愛する」とか「好む」という意味で、現代英語でよく登場する。哲学(philosophy)は英知に対する愛、慈善活動(philanthropy)は人類への愛、愛書家は bibliophile、フランス好きの人は francophile など、日常的な会話にも出てくる言葉が色々ある。しかし philatelic は一度も耳にしたことがない。ギリシャ語の ateleia は免税されている、という意味がある。文字通り「免税されている物を好む」切手趣味、ということなんですね、

という面倒くさい説明をしなくて済む Museum of Stamps にしちゃったらいいのに。もう少しお客さんが来ると思うんだけどなあ。

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私はシリコンバレーに住みながら、旅先から送る葉書にロマンを感じてしまう古い人間なので、中国茶を飲んでるおばちゃんの所で素敵な切手を買い、博物館の郵便ポストから絵葉書を投函…すればよかった!

良いアイディアは必ず、そんなに遠くないけど、戻るにはちょっと面倒くさい距離を行ってしまってから、ふと浮かぶ。


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by majani | 2015-06-15 06:37 | 言葉と物 | Trackback | Comments(2)

ゴーヤのせい

引き続き、一時帰国中の話。

いつからか、「趣味がない」というのが母の口癖になっていた。単に断言しているわけではなく、母の言い方からして、「私には趣味がないから、まったく困ったもんだ」という意味合いだと推測される。

趣味がないと如何して困るのかはさておき、この発言は世紀の大嘘、じゃなくてとんだ勘違いである。母は仕事を続けているにも拘らずむしろ多趣味だ。語学の習い事の他、読書好きで、家ではレコードをかけて父と楽しそうに踊っているし(私は空しく単独で)、的確でスピーディーな編み物を得意とする。母からアメリカ宛に送られてくる郵便物には、「先週、Law & Order を観ながら編みました」という葉書と一緒に手編みのカーディガンが丁寧に詰めてあったりする。母がエグイ発砲沙汰シーンなどを観ながら編んだと思うと、殊更カーディガンに愛着が沸く。

熱中していたかと思えばある日パタッと辞めてしまった「趣味」もある。母は一時期キルティングにはまっていた。「キルティング仲間」と一緒にそれは狂ったように針を動かし、当時住んでいた家には、ここはアメリカ中西部のカントリーハウス?と間違えられてもおかしくない量のベッドスプレッドがあった。全部が手縫いだったので私も小学校のときに手伝わされた覚えがある。様々な大作を築いたら飽きてしまったのだろうか、母の短くも激しいキルティング時代はアッサリと幕を閉じることになるが、今でも家の変な場所からキルティングの切れ端(未完成の作品があったらしい)がぽろっと出てきたりする。何故あれほど夢中になっていたか、母自身にも理解不能だ。

キルティングやらには流行り廃りがあるが、母は長年ガーデニングを愛してきた。この趣味だけは、変わらぬまま。ガーデニングと言ってもマンションなので、大半が室内もしくはベランダで育つ植物である。ココヤシ(愛称はそのままココヤシちゃん)や、パキラ(パキラちゃん)、まん丸の大きな種から育て上げたアボガド(やっぱりアボガドちゃん)、オリヅルラン(少し難しい名前になると、あだ名が付かないらしい)などは昔から我が家に住んでいる。季節によってシクラメン、ポインセティア、オクラ、プチトマト、ハーブ各種が登場する。

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大きくなり始めてまだ日が浅い。


今回、私が実家に帰ると、ベランダでゴーヤが元気に育っていた。それはベランダの一角に覆いかぶさるように蔓が伸びており、所々に薄い黄色の花が咲いている。葉は顎のラインが尖ったコアラの顔のような形だ(分かりにくい説明)。そして一番下の方に、一つだけ小さな萎んでしまった緑の風船のような物体がある。葉が生えてもいないようなところにゴーヤの実が生っているではないか。長年大切に育ててきたのに一度も実ができなかったアボガドに対し少し冷たく接する母のその愛情は今、この一つのゴーヤの実に全力で注がれている。もっと蔓が渦巻いているようなところに生るものだと思っていたが、とりあえず頑張れ、ゴーヤちゃん!思わせぶりで気まぐれなアボガドに代わって、母の愛に応えてくれるだろうか。

みるみる大きくなる、丸みを帯びたゴーヤ。それを煙草を吸いにベランダに出た父が真剣な表情で観察し、水をやったりしている。

このゴーヤのせいで、私はとうとうワゴンから落ちてしまった。何回目になるだろうか。「ワゴンから落ちる」(fall off the wagon)は元々「禁酒に失敗する」という意味があるが、ダイエットなどに失敗したときにも用いられる。私の場合は喫煙に失敗したのだ。それも潔く落下したというよりも、鯨を見にいった7月からずるずると引きずり下ろされ、とうとうワゴンに逃げられたという感じである。


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Baron C. de Grimm. 1893. Public domain.

それにしても日本は煙草が吸いやすい。北ナンデモアリフォルニアに比べれば喫煙者が断然に多いし、お酒がある所では必ず煙草が吸える。

いえ、環境のせいにしているわけではないですよ。ゴーヤのせいなのです。

ベランダに出るとゴーヤがまずそこにあり、その手前に父が灰皿代わりにしている大きな皿と低い椅子が置いてある。椅子に座るとちょうど目線がゴーヤちゃんのところに来る。ゴーヤの様子を見に外に出ると椅子に座るのが自然で、座るとちょうどそこに灰皿があるのだから、では一本吸いながらゴーヤを眺めようではないか、となってしまう。東京には私の喫煙の友、ウッドバート・ドミンゴがいないかわりに、ゴーヤちゃんが煙草の友になってしまった。

しかしそのゴーヤちゃんも先日収穫されてしまった。「もうそろそろ収穫の時期じゃない?」「まだ大きくなるんじゃない」「そろそろ収穫していいかなあ」「いいや、まだまだ」「今日くらい収穫?」という他愛ない家族会議が何日か続いた末、我慢できなくなってしまった母が、「私、収穫しちゃう!」とベランダに飛び出て、勢いで切り取ってしまった。

立派なゴーヤチャンプルに変身したゴーヤちゃんは、あんなに可愛がられていたのに実際に食べてみると「なんか、けっこう苦いね」と不評だった。そりゃあ苦いよ、ゴーヤなんだから。

再び煙草の友がいなくなり、少し寂しいベランダ。今朝、何も生っていないゴーヤの蔓をぼーっと見ていたら、なんと、奥の方にもう一つゴーヤの実ができている。食べてしまったゴーヤより何倍も大きく見える。受粉もせずに放ったらかしにしてあったのに、こいつはひっそりとすくすく成長していたのだ。

新しい煙草の友(ゴーヤちゃん二号)ができてベランダに出る楽しみがまた一つ増えてしまい、当分ワゴンに乗れないのではないかと心配になる。自分が強い意志を持てばできるはずなのに、やはりゴーヤのせいにしてしまう今日この頃。

その一方で母はそろそろゴーヤに飽きてきたようで、新しい「趣味」を開拓しようとしている。

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by majani | 2014-09-12 00:04 | 言葉と物 | Trackback | Comments(0)

食べ物ポルノ

キャンパス内の馴染みのカフェで「今日もいつものかい?」と聞かれた。エスプレッソショットが三つ入ったラテを毎日のように飲み干しているので、とうとう名前も覚えられてしまった。バリスタは、たまにラテの上部分にミルクの泡とエスプレッソで面白いデザインを描いてくれる。人の顔だったり花だったり、毎回違う。この日出てきたラテの泡には、私の下の名前がそれは丁寧な草書で書かれていた。

名前の周りに手が込んでいるデザインもあったので、そのまま飲んでしまうのはもったいないと思った。全くどこで何のために使うんだか、とりあえずケータイで写真を撮ったら、それを観察していたオフィスメートが「珍しくアジア人ぽいことしてるね」と言った。

確かに、アジア人はどこに行ってもよく食べ物の写真を撮るという固定観念的なイメージがある。因みに「アジア人ぽい」と言ったオフィスメートの助奈探君はアジア系アメリカ人で、自分がアジア人なのだからこう言っても許される(と思っているのだろう)。彼自身も一緒にご飯を食べに行くとデザートの写真など撮っている。言われてみればアジア系の後輩たちは皆食べ物の写真ばかり撮って、それをまめにフェイスブックにアップロードしている。あまり美味しそうに写っていないものも、まとめてアップロード。

しかしこのサンプルはあまりにも小さすぎる。アジア人観光客が大騒ぎをしてあれこれを写真に収めているのが目立っているだけで、実は白人も同じくらい食べ物の写真を撮っているのではないだろうか。あいにくこのようなくだらないデータは持ち合わせていないので、確認できない。

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「コーヒーの写真くらい撮らせてよ。助奈探だってよく食べ物の写真を撮ってるじゃない。」

「そう?僕なんかそうでもないよ。ひどいのは絵陸だよ。」

「そういえば、この間絵陸の家に寄ったときも、オーブンから出てきたチキンをプロ並みのカメラで撮ってたね。しかし食べ物ポルノが好きなんだねえ。」

食べ物ポルノと聞き、顔を手に隠しながらうひゃひゃと笑い始める助奈探。

最近、何故かよく「食べ物ポルノ」( food porn )という言葉を目にしていたので思わず口走ってしまったが、別に助奈探君が恥らうほどのいやらしいことではない。よだれが出てしまうほど美味しそうに撮れた食べ物の写真のことを俗に「食べ物ポルノ」という。皮肉交じりの表現だ。

例えば二週間ほど前。サンフランシスコで食事をする約束をしていたので、どこかに予約を入れようと色々なレストランのメニューを待ち合わせ場所に向かう途中にスマホで検討していたところ、Pig & Pie というポークを使ったバーフードとインハウスで作っているピクルスが中心の素晴らしいレストランをふと思い出した。公式ウェブサイトに「食べ物ポルノ」という画像のページがあったのでクリックしまくっていたら、静まり返った車両で「ぐわおぅうう」とお腹が吼えてしまった。私の腹はピクルスという言葉と肉料理の写真に弱い。

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写真といえば普通、動物とかの撮影が一番難しいと思われるが、ニューヨーク時代からの親友で写真関係の仕事をしているパナマ人、イザベルアレンデちゃんによると、食べ物を美味しそうに撮るのは案外と難しい。料理本のための写真撮影を依頼されたときほど苦労したことはないと話すアレンデちゃん。どうしたら「これは美味しそうだ、食べてみたい」と思ってもらえるだろうか。見た目はもちろん、香りも大事だ。しかし写真で香りは伝わらないわけだから、それを補うように構図をいろいろと模索しなければならない。写真だとツヤや色もなんとなく違って見えるので、それも考える。

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ブラッディメアリーはどう撮ったってセクシーに写る。

ところで、何を探していたのか覚えていないが、「本棚ポルノ」みたいな名前のウェブサイトを見つけてしまったことがある。本が沢山詰まった図書館にあるような本棚だったり、ミニマリストなリビングルームの壁を背景に二、三冊ほどコーヒーテーブル系の本が置けるようなお洒落な本棚だったり、とにかく本棚の写真ばかり載っている。説明も何もない。ただ本棚。本が通貨と情熱と命である大学院生にとって、まさしくポルノだ。

助奈探君やアトリエ君たちとシェアしているオフィスは、「院生のオフィスの中で一番本が多くてカッコイイ」という評判らしい。確かに私たちのオフィスは本を沢山持っている人ばかりだ。ここは一つ写真に撮って、「本棚ポルノ」に記載してもらうべきだろうか。しかし落ち着いて考えてみれば私たちの本棚に並ぶ本は堅い本ばかりで、どう考えてもイケ(テ)ナイ。

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人魚姫さんの猫とか。
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by majani | 2014-08-11 14:05 | 食べる人々 | Trackback | Comments(0)

ブランチのルール:血まみれメアリー

私がトマトジュースを飲む機会は、大きく分けて二つある。一つは、飛行機に乗っている時。何故か体がトマトを欲しているらしい。大学院生と言ってもまだ貧乏学生だからエコノミーしか乗らないけれど、エコノミーでもなんでも優しい添乗員は、頼むとレモンツイストやブラックペッパーを入れてくれたりする。何でも聞いてみるものだ。

もう一つはブランチの時である。むろん、トマトジュースに色々他のものが加わっている。ウォッカ、ウスターソース、タバスコ、レモンジュース少々、様々なスパイス等だ。それを新鮮なセロリースティックでかき混ぜながら飲む。そう、ブラッディメアリーのことである。


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バリエーションは色々。こちらは Food Network のサジェスチョン。From "Reinvented: Bloody Marys 5 ways," Aug 2012, Food Network.


昨日はロスアルトスに住む友人の家でブランチをした。仲良い院生仲間の女の子5人で、ladies who lunch ならぬ ladies who brunchである。ご存知のとおり、ブランチという言葉はブレックファースト(breakfast)とランチ(lunch)のあいのこだから、ブランチ(brunch)。週末、少し遅めに起きて食べる食事のことだ。

週末だけあって、コーヒー、紅茶とジュースはもちろん、アルコールだって飲みますとも。(来週まで期末試験の採点などで修羅場であるし。)クラシックなブランチの飲み物はブラッディメアリーやミモザなどが有名である。

そのブラッディメアリーに私はとてもうるさい(らしい)。ピリピリッとするくらい辛くないと乏しく思われる。もちろんこれは私的なこだわりだが、辛くないブラッディメアリーは邪道だ。これはブランチのルールであるべきだ。また、オリーブと小さなパールオニオンのピクルスが入っていると嬉しい。セロリースティックは葉が付いたままが好き。混ぜやすいし、華やかだし、セロリーを最後のほうまでぽりぽり食べられる。

ブラッディメアリーは、1920年代にパリの Harry’s New York Bar (当時は NewYork Bar)で発明されたとパリ在住の友人に聞いたことがある。その友人は妙にアーネストヘミングウェイに詳しく、ニューヨークバーはヘミングウェイがちょくちょく訪れていたバーだとか。ブラッディメアリーは「血まみれのメアリー」ということだが、16世紀に多くのプロテスタントを処刑したイングランドの女王メアリー1世の異名でもある。ブラッディメアリーのウォッカをジンに入れ替えると、ブラッディサムと呼ぶ。

関係ないけれど、イイ女は美味しいブランチが楽しめるレストランをいくつか知っている。でもあまりに沢山のレストランを知りすぎていると、気取っている感じがする。頑張りすぎず、カジュアルに “I know a great brunch place” とすかさず言えるのがちょうど良い。

ところで、ランチとディナーのあいのこはリナー(linner)になるが、こちらは日常会話に根付いていない。多分リナーを食べる時間が中途半端だからだろう。



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今日食べたものとか。
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by majani | 2014-06-08 19:37 | 食べる人々 | Trackback | Comments(0)

修羅場とポテト

大学院は精神的に辛い!

まず、博士課程について少し話しておく。研究分野や学校にもよるが、大概のPhDプログラム、殊に文系のプログラムは、学部生のクラスを受け持ったり(teaching assistantship )教授の研究の手伝いをしたり( research assistantship )するのが学者のトレーニングの一環としてある。その代わりに学費、医療保険費、生活費、夏の間の研究費や学会に出る費用等は学部側が持つ。その点、ざ・ふぁーむの私の学部はとても手厚く、院生は大変恵まれていると思う。金銭的な面で悩まずに研究に没頭できるのは、とてもありがたいことだ。

では何が辛いかというと、仕事の量が半端じゃないということもあるが、どの院生も必ず一度は漠然とした不安に襲われる。それは流動的なアカデミアのジョブマーケットの不確実性だったり、あるいは自分のアイディアは果たして十分に画期的かつ面白いだろうかといった内省的な疑問であったり、原因は様々。とにかくモヤモヤした不安を常に肩車しながら、一日一日を乗り越えていくという感じだ。心地良い心境でないことは言うまでもない。そこに体力的な疲労や睡眠不足が加わる。又、極度のあがり症で、毎週毎週やってくる授業を教えなければいかない日が精神的な苦痛、という人もいるらしい。全く何故こんな馬鹿馬鹿しい茨の道を選んでしまったのだ、と過去の自分を罵倒しながら暮らす大学院生は少なくないと思う。

しかし、周りの皆が苦しんでいるのを目撃することによって、特殊な平等間が生まれ、もう少し頑張れるような気になる。仲間意識って不思議。そしてもちろん、苦労した分、何か達成できた時の喜びはそれだけ大きい。

最近、ばてている。気が滅入っている日はジョギングに行ったり、ヨガに励んだり、ざ・ふぁーむ周辺のハイキングルートを歩いたりしてストレス発散してるんだ!と言ってみたいところだが、そんな健康的なことは一切していない。同期の友人がハーフマラソンを走っている間、私は料理を大量に作ってそれを食べたり、ユーチューブでビデオを観たりしている、所謂カウチポテト(couch potato)だ。

カウチ、つまりソファに座ってばかりいる怠け者をジャガイモに喩えた表現である。テレビをよく観るという意も隠れているような気がする。理由は、tuber(塊茎〈作物〉)を tube (あるいは boob tube、最近あまり聞かないが、俗にテレビのこと)にかけているから。因みにユーチューブがYouTube なのも、「あなたのテレビ」ということだから納得いく。

自分が動かない代わりに、他の人が踊り狂っているミュージックビデオを観ては自分も動いている都合のいい錯覚に陥る。ジャネル・モナエがすべすべのオクスフォードで踊っているプロモーションビデオは最近何度もリピート再生している。この髪型は死んでもできないけれど。

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Mémoires du Muséum d’histoire naturelle (1815). « Organographie comparée. Pomme de terre rameuse. »


締め切りなどに追われて修羅場のときは、とうとう自分も動き出す。同居人のスナフキンが留守であれば、台所でお茶を淹れながら一人で踊ったりすることもある。だから完全なカウチポテトではない。ポテトは下手な踊りを踊るアウトドアトマト(?)に変身するのだ

しかし、壁がとても薄いアパートメントなので、近所に迷惑をかけないためスマホとイヤホンで音楽を聴く。私の台所には大きな窓がいくつかあり、電球を入れ替えたのはいいけれど、今度は窓のブラインドが壊れていて常に上がっている状態にある。つまり踊っていると、隣の建物から出てきた人に丸見えなのだ。窓をチラッと覗けば、小さな日本人が一人で静かな台所で気が触れたように腰を振ったりジルバを踊ったりしているので、私の修羅場に出くわしてしまった気の毒な住人は大変不気味な光景を目撃することになる。が、修羅場なので、全然申し訳なくない。お茶を淹れるときぐらい静かに躍らせてくれい。

余談であるが、「修羅場」は英語でなんと表現すればよいのだろう。Obstacles (障害)は生易しすぎるし、hell(地獄)も battlefield (戦場)もなんとなくしっくりこない。

学期も残りわずか二週間。今日も私は静かに踊る。


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by majani | 2014-05-28 08:11 | 院生リンボー | Trackback | Comments(0)

ビール眼鏡

目覚めたら、世界がくっきり見えた。コンタクトレンズをはずし忘れて寝てしまったらしい。リビングルームは、財布やらペンやらバッグの中身の全てがカーペットの上に散らばっていて、蚤の市状態。髪はごわごわしているし、電話には不在着信通知とメールが溜まっている。どうやら、久しぶりに飲みすぎた。

これは土曜日の話。家が蚤の市状態になる前夜、サンノゼでチャヨーテを一緒に試してみたヘブンフィールドさんと、彼の高校時代の同級生とその友人と一緒に飲みに行った。タコスとかガーリックフレンチフライとか、アルコールを吸収してくれそうなものを食べていたつもりだったのに、ピルズナー、ヘーフェヴァイツェン、シュヴァルツビア等、色々なビールを楽しく飲んでいたらけっきょく酔ってしまったようだ。

スワヒリ語の授業でアルコールに関する慣習的な表現を習ったばかりなので、私の一週間のテーマは「酔っ払い」だった。

「クヴァー ミワーニ」(kuvaa miwani)は文字通り「眼鏡をかける」という意味だが、使い方によって「酔っ払っている」(kulewa)状態を示す。

英語にも「ビールの眼鏡」あるいは「ビールのゴーグルをかける」(wear beer goggles)という表現がある。スワヒリ語の「クヴァーミワーニ」と異なり、英語のビール眼鏡は飲んだことによって周りの人や物が実物よりも美しく、又は楽しく思えることを意味する。アーネスト・ヘミングウェイだって周りの人をもっと面白くするが故に飲むとか書いていなかったっけ。

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アマゾンでこのフリッジ・マグネット が買えるらしい。

例えば、バーで友達と飲んでいたとしよう。そこで女友達の一人がバーの向こうに座っている男性を指差して、「あの人カッコイイと思わない」と言うので、どれどれと早速チェックしてみるとそれがとてもさえない男だ。こんな時に、「全然格好良くないよ。ビール眼鏡のせいだよ」と言う。私はよくビール眼鏡をしているんじゃないかと指摘されるが、それは好みのタイプが違うだけだと信じている。

今、ビールを飲みながら仕事をしているが、仕事はちっとも美しくも楽しくもならない。サンフランシスコの地ビールメーカー、アンカー・ブルーイング・カンパニー (Anchor Brewing) のボックビールを飲んでいるのだが、どのブルーアリーでもボックビールは必ずといってよいほどラベルはヤギの絵だ。

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From lautering.com. ボック・ビールのヴィンテージ広告。ヤギが少女(?)と踊っている。


何故だろう。ギリシャ神話に出てくる体が半分ヤギで好色な神のパーンとか、ヤギの頭を持った悪魔バフォメットとか、そういうイメージのつもりなのだろうか。

ボックはドイツ語でヤギなのかも。そういえば英語のバック(buck)に似ているような感じがするけど、それは果たして関係あるのだろうか。疲れているのであまり調べる気にならない。

話が少しそれて、イギリス英語で「疲れていて感情的」( tired and emotional )というのは酔っ払っていることを意味さす。先日の「フランスの手紙」に次ぎ、いかにもイギリス英語らしい婉曲表現で、気に入っている。そういえば、私は常時、文字通りに疲れているし感情的になっている。たまには婉曲表現としてこの二つの言葉を使ってみたいものだ。

 

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by majani | 2014-05-14 17:51 | 言葉と物 | Trackback | Comments(0)

オランダ風に払う

昨日、インド料理店のハッピーアワーに行った。空いている時間帯にお酒が安くなっていることをハッピーアワーという。店によっては食事も安くなっていたりする。

たらふく食べて飲んだ後、勘定をするときに、「この間おごってもらったから、今日は私のおごりね」とサファリさんが言った。いやいや、そんなこと言わずに “Let's go Dutch” と私は言った。

直訳すると「ダッチ(オランダ人的・オランダ式)で行こうじゃないか」。とても変な訳だが、「割り勘にしようよ」という意味合い。どこでこの表現を覚えたのか今となっては忘れてしまった。アメリカではあまり聞かないので、ひょっとしたらイギリス英語の言い回しかもしれない。

自分で口にしておきながら、はっとした。「オランダ人的に払う」とはどういうことだろう。オランダ人はいつも割り勘なのか?もしかしてレッツ・ゴー・ダッチはイギリス人が発明した人種差別的な表現なのか?(勝手にイギリス人だと想像している私も私だが。)頻繁にレッツ・ゴー・ダッチって言い放っているので、いけないことなのではないか心配になってきた。実際オランダ人の友人にも一度言ったような気がする。

このような表現が他にも思いつく。例えば、英語の汚い言葉を使ったときに、 “Excuse my French” と言ったりする。「おっと、フランス語で失礼!」ということ。フランス語は汚い、フランス人は野蛮とかなんとか、そんなイメージがあって定着したのだろうか。


少し話が変わる。性教育に関するプロジェクトをしていたことがあり、そのおかげで(せいで?)変な言葉だけ4ヶ国語で言えるようになった。日常会話では全く役に立たない「コンドーム」とか「性の健康」とかそういう言葉。

最近、アフリカのフィールドワークからナンデモアリフォルニアに戻ってくる途中、ロサンゼルス行きの便がエンジントラブルで欠航になり、パリで2日間足止めされるという迷惑だけどちょっぴりラッキーな感じの帰路の旅となった。変なホテルに泊まらされ、ずっと使っていなかったフランス語を喋る羽目になってしまい、そこでコンドームのことならいくらだって会話ができるのに「アダプター」をなんていうのか知らなくて恥をかいた。

枕が長くなってしまったが、フランス語で俗にコンドームのことを「イギリス帽子」と言う。「イギリス」を省いてただの「帽子」になっていることもあるが、おそらくバッキンガムの前に立ってるロイヤルガードのあの背の高い帽子がイメージになったと私は考えている。(今、考えた。)さらに可笑しいのが、一度も聞いたことがないけれど、英語では俗にコンドームのことを「フランスの手紙」というらしい。

それにしても、本当にイギリスとフランスはお互いを馬鹿にしているんだなあというのがうかがえる。もちろん、これも私の勝手な解釈。


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by majani | 2014-05-02 19:58 | 言葉と物 | Trackback | Comments(0)

犬の耳だらけの本

ドッグイヤー、又はドッグイヤードという言葉をご存知だろうか。綴りは dog-ear, dog-eared だ。

動詞・形容詞で使われ、使い古したという意味もあるが、普通は本やノート等のページの隅を折り曲げることを言う。それが犬の耳みたいに折れているから、ドッグイヤーというわけだ。確かに西洋の犬は耳が折れているのが多い。日本犬はそれとなく狼っぽくて、耳が立っているような感じがする。

研究や授業のために本を読むことは日常的。周りの人がiPadやラップトップで読んでいるものを、私は今ながら一人寂しく紙で読んでいる。紙のページをドッグイヤーしておくと栞がなくても後ですぐ戻ってこられるし、重要なページをぱっと開くことができる。又、読みながら線を引いたり余白のところに考えをメモしたりしたい。もっとも、これらは全てキンドル等でもできるが、ドッグイヤーするその動作が好きなのだ。これも面白いあれも面白いとドッグイヤーしまくっていたら役割を果たせていない犬の耳だらけになってしまった…という本が何冊もある。ドッグイヤーしながら読まないと、なんとなく気が済まない。

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Gustav Mützel. “Dachshund. 1/8 natürlicher Größe.” Brehms Tierleben, Small Edition 1927.

先日サンフランシスコのミッションで Dog Eared Books という本屋で色々立ち読みしていた。本を購入して紙袋をもらうと、本屋のロゴである犬の木版画がプリントしてあり、とても可愛らしい。そういえば「ドッグイヤーする」という表現はいつの時代から使われるようになったんだろうと気になったので、早速調べてみた。というか、辞書で引いてみただけ。ランダムハウスによると17世紀と載っているが、これ本当かな。他に何も書いていなかったので何だか心細いので、ちゃんと調べてみたいと全然思わなかった。

昨日、スナフキンとシンガポール料理を食べに行ったとき、タイガービールを飲んでいたら猫科の動物の話になった。そこで jaguar (アメリカ豹、ジャガー)の語源の話になった。普通はジャグアーというけど、ジャギュアーと発音する人もたまにいるよね、しかし一体何語から来たんだろう、南米のアマゾン熱帯雨林に住む動物だからスペイン語かポルトガル語かなあ、という程度のたわいない会話である。

答えは、起源はトゥピ・グアラニー語の名前(ヤグアール)らしい。おお、トゥピ・グアラニー語って面白そうだ!そう思ってウィキペディアの「トゥピ・グアラニー語族」というページに飛んでみたら、ちゃんとジャガーがそこに載っていたし、タピオカの語源もこれらしい。なるほどなるほど、なんとなくトゥピ・グアラニー語っぽいぞと頷いてしまう。

トゥピ・グアラニー語のサブグループの中にテニャリン・パリンティンティン語というのがあって、ものすごーく気になるが、クリックしたら最後、永遠にインターネットの「ウサギの穴」を落ち続けてしまいそうなので、ここは心を鬼にして仕事に戻る。

この間『不思議の国のアリス』のことを話したばかりなので「ウサギの穴に落ちる」という英語の表現について一言書いておくと実にタイムリーなのだが、これもまたの機会にする。


朝ごはん。トースト(一枚)、コーヒー(一杯)。

昼ごはん。オフィスメートの助奈探君と学食を食べる。サラダとオリーブとチーズのパニーニ。アイスティー(一杯)。ブラックコーヒー(一杯)。

晩ごはん。今、作る。


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by majani | 2014-04-18 13:28 | 言葉と物 | Trackback | Comments(0)


ナンデモアリフォルニアの某大学院で研究中。海外生活、旅、散歩で出会った生き物などの記録です。たまに哲学や語学に関するエッセイもどきも。


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