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チキンスープとクリングル

すっかり秋色のニューヨーク。近所の公園で散歩をすると、足の下で葉がポテトチップスのような音を立てる。

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今学期は授業を教える義務が無くて時間があるため、お楽しみでスペイン語の授業に通っている。そこで「風邪を引いたらどんなことをしますか?」と先生に聞かれ、「チキンヌードルスープを作ります」と自慢げに話していた矢先のことである。早速、リルケと代わりばんこで風邪を引いてしまった。

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病んでいる時、何故かとびきり美味しく感じるチキンヌードルスープ。厚く切ったセロリとニンジンを多めに入れ、冷蔵庫に残っている白ワインを投入するのが我が家の手法。このチャンキーな具沢山のスープを飲むとじわじわと元気が出てくる。

リルケが治りかけた頃、今度は私がダウンした。セーターやらマフラーを着込んでノートルダムのせむし男のようなシルエットになって家に引きこもっていると、こんな愉快なカタログが届いた。

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クリングルのカタログだ。私たちの前の住人宛てで届いた。

Kringle とはデンマークのお菓子で、巨大な円形のデーニッシュのこと。外はクロワッサンのようにサクサクでフレイキーで、上にアイシングがまわしかけてある。中身はくるみとサワークリームだったり、ラズベリージャムだったり、色々とある。

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あれ、カタログの船のロゴ、どこかで見たことあるなと思ったら、今年の春、このウィスコンシン州にあるクリングル専門ベーカリーが作ったラズベリークリングルを、カリフォルニアのトレーダージョーズでちゃっかり買って食べていたのである。

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リルケが「クリングルってなんだか分からないけれど、すごく気になる」とトレジョで大興奮して、当時は高いなあと思った9ドルだか10ドルだかを支払い、家に持ち帰った。

しかし今回届いたカタログをぱらぱら見ていると、クリングルが2個で42ドル、「感謝祭クリングル」が1個24ドル。そんなに高い物なの?クリスマスケーキも70ドル以上する。

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トレジョで買ったクリングルが随分と安くなっていたことをカタログを見て初めて知った。けれど味が so-so で、何日もクリングルを朝ごはんにして食べなければいけなったため、二枚目は買わなくていいね…となってしまったのだった。うん十ドル出せば、もっと素晴らしいクリングルが届くのだろうか。

自分で作った方が新鮮で美味しい(+安い)のではないか、と疑わずにはいられない。身体が元気になったら、自分のキッチンでクリングルを作ってみようと意気込んでいる。

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Seymour, R. 1836. "Old Christmas." Public domain.

話が飛ぶが、北欧と言えば、クリスマスに登場する Julbocken ユール・ボッケンを思い出す。文字通り、「クリスマス・ヤギ」である。小さい頃、ユールボッケンや手作りのニッセの人形(nisse は赤い煙突状の帽子を被った小人のこと)でクリスマスツリーを飾っていたのを覚えている。

よく見ると上の挿絵のユールボッケンに乗った Father Christmas も、湯気が立ち上るチキンスープらしきものを抱えている。何でしょうね、あれ。風邪を引いたりスープを作っていたりするうちに、あっという間にクリスマスになってしまいそう。

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因みに私が風邪を引いた時は、リルケは日本の大根をどこからか見つけてきて豚汁を作ってくれた。これも風邪に効きそうな感じ。

一人が弱っている時はもう一人の元気な方が料理をするので、安心して体調が崩せる。



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by majani | 2017-11-07 03:27 | 食べる人々 | Trackback | Comments(3)

ベーグルの街

先日、私は街角のデリで呪文のような言葉を口にしていた。

キャナイゲッタンエブリーシングベーグルウィズロックスアンダビアーリーウィズベジークリームチーズ

少し前に、引越しを控えていると話しました。デスバレーセコイア国立公園をまわるロードトリップを楽しんだ後、ナンデモアリフォルニアとしばしのお別れをすることになったのです。

引越し先は、

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ニューヨーク。写真に写っているのはハドソン川から見たニュージャージー州ですが…。

今日は久々に戻って来たマンハッタンについて。

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American Museum of Natural History の正面。

ニューヨークに辿り着いたのは9月の頭だったが、まだ30度以上あるいわゆるインディアン・サマーだった。

そして、夏のマンハッタンは、とにかく臭い。いきなり悪臭の話をするのもなんだが、私はカリフォルニアで博士課程を始める前、マンハッタンのアルファベットシティに住んでいて、ニューヨーク時代の記憶の多くは、何等かの香りがキッカケにある。

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セントラルパークにて。

夏のマンハッタン。地下鉄の階段を下り始めると、ねっとりした空気がまず顔面を直撃し、それを追いたてるようにゴミと排泄物の悪臭が鼻を攻撃してくる。洒落たオープンエアカフェが、ゴミ袋で築かれた黒い山と同じ道端で共存しているのが、夏のマンハッタンの街頭… そんな酷いイメージが私の中で根強い。ニューヨークから初めてベイエリアに移った時は、サンフランシスコはなんて清潔な街なんでしょう!とよく口にしていた。

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ファーマーズマーケットにて。

それでも、ダーティーでグライミーなニューヨークが、私は大好き。

私の学生時代のアルファベットシティは、プエルトリコ人が沢山住んでいて(さらに昔はプエルトリコ人とユダヤ人のエリアだったと聞く)、夕方になるとライスとビーンズの優しい香りが、スタジオアパートにふわりと流れ込んできたものだ。近所のおじさんたちが道端でラテン音楽をラジオで流していたり、私の建物の裏のコミュニティガーデンでちょっとしたバーベキューが行われたりしていた。ごちゃごちゃした、活気溢れるエリアだった。

今思えば、ベッドとテーブルがやっと入るほどの小さな空間でよく生活していた。若くて初心だった私は、大家さんに家賃を現金で払うように言われてもそれをちっともオカシイと思わず、毎月、大家さんの謎めいた指示通りに1番街2丁目にあるコインランドリーへてくてく歩いていき、奥に座っている英語を一言も喋らないユダヤ人のお婆さんに現金を手渡していた。大家さんとコインランドリーのお婆さんの関係は、最後の最後までよく分からなかった。今となっては、闇の中。

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冒頭のデリの話に戻すと、二度目のニューヨーク生活の初日、お腹を空かせた私は近所で発見したコーシャーデリに吸い込まれるように入っていった。ニューヨークの朝ごはんの定番、美味しいベーグルをまず食べたいと思った。空気中の菌によって美味しいサワードーブレッドがサンフランシスコ辺りでしか味わえないのと似たように、一度茹らせてから焼くベーグルの場合は、地域の水が重要。あの濃厚な味とモチモチっとした密な食感は、東海岸でしか生まれないという。

デリに足を踏み入れたとたん、何年も使っていなかった言葉がふと戻って来た。私は everything bagel with lox and cream cheese と bialy with veggie cream cheese の二つを頼んだ。見事にデリでしか役立たない言葉ばかり!

ロックスはサーモンのすり身のことで、「全部ベーグル」はプレーンベーグルの正反対で、ポピーシードやゴマなど普段ベーグルに使われるトッピングの全てが外側にくっついているもの。ビアーリーはベーグルと同様、東欧のユダヤ系コミュニティが発祥地のパンの一種だ。また、クニッシュ(knish)という、中にジャガイモがぎっしり詰まったペーストリー(これもユダヤ系のおやつで美味)や、イスラエル風のトマトと胡瓜のサラダなどの惣菜が売られているのを見て、激しく懐かしんでしまった。

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もう一つ懐かしく思ったのは、デリに来ている客層。もちろん、初めて見る人たちばかりだったが、少し大袈裟に言うと、20代後半~30代の白人テック企業関係の人間ばかりが住むサンフランシスコから移ってくると、デリに来ている人たちの多様性が変に新鮮だった。

中年の野球帽の黒人男性、大学のフラタニティにいそうなやんちゃな白人若人グループ、近くに住む金持ち金髪パパとそっくりな金髪赤ちゃん、巨大なフープピアスのヒスパニック女性、中年アジア人カップル、そしてベーグルの注文が飛び交う大変な騒がしさの中で、一向に動じず新聞紙に読み耽るヤムルカを被った老人たち。彼らは、夏なのに毛糸のチョッキを着ていて、足元は靴下&ゴム草履だったりする。この絵に描いたような、人種、文化、世代が交差する狭苦しいデリの中で、「ああ、ニューヨークに戻って来たんだな」と私は思わずにいられなかった。

ノスタルジックになっていると、「ちょっと、早くしてよ」と列の後ろの人に急かされたのも、ニューヨークらしくて再度じ~ん!としてしまうあり様。

私はベーグルとコーヒーをホテルで休んでいるリルケに持ち帰った。カリフォルニア育ちのリルケは、不愛想なニューヨーカーに早くも幻滅しているようだったが、初めて食べたロックスとクリームチーズのベーグルがすっかり気に入ってしまい、翌日も、翌々日も、そのデリに通い続けることになる。

ベーグルの力は、凄い。

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ニュージャージー州側から見たマンハッタンのアップタウン。

さて、ニューヨークに引っ越したので新しいブログを始めようかとも思いましたが、面倒くさがり屋なので 学会等でベイエリアに戻ることもありますし、せっかくここで素敵なブロガーの方々と繋がることができたので、このまま『ラマがいない生活』で続けようと思います。

ブログを始めた当時、「ラマ」は、何か探し求めていた物が、実際に行ってみたら無かった… という比喩のつもりでしたが、カリフォルニアに住んでいる間、「ラマ」の代わりに新しい発見が色々ありました。大学院初期は、カリフォルニアは「自然が多すぎる、つまらない」とぼやいていたのが(ホント、昔の自分を引っ叩きたい)すっかり西海岸とその人々のレイドバックな接し方の虜になって、東海岸に舞い戻ってきました。また、ニューヨークの思い出と実状が噛み合わないことから逆カルチャーショックみたいなものも大きく、「ラマがいない」という前提は、今年こそタイムリーなのかもしれない。

ボストンで新たな仕事を控えているので、ニューヨークの滞在期間は一年と短いですが、この大都市でも面白い発見ができればと思います。とりあえず遊び過ぎないように心掛けよう、っと。

サワードーの街から、ベーグルの街にやってきましたが、これからもお付き合いいただければ嬉しいです。



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by majani | 2017-10-14 02:55 | 食べる人々 | Trackback | Comments(7)

引越し作業

引越すことになり、ここ数日、ずっと家の物を箱詰めしている。

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7年近くもいると、やはり物は溜まっていくもの。殊に本は、家のありとあらゆる場所にリスのようにしまい込んであった物を集め合わせてみると、1000冊近くある。自分のお楽しみのためのフィクションや文庫本はともかく、アカデミックな本を全て売り飛ばしたとしたら、ちょっとした財産になりそうだ。アメリカの本はやたらと大きく、サイズが全てバラバラなので収納しにくいはずなのに、どうやってこの量を保管していたのかは自分でも不思議に思う。

大半の物は引越し業者に頼むから良いが、ごちゃごちゃした小物や、仕事で必要な書類などは、引越し騒ぎで無くなってしまっては大変なので、自分で分かりやすいように整理しながら箱に詰めていく。これがとても面倒くさい。

現実逃避を兼ね、母に電話をした。過去に海を越える大掛かりな引越しを難なく熟してきて、ナンデモアリフォルニアの立ち上げも手伝ってくれたベテランの母にアドバイスを請うと、日本の引越し業者の場合、寝室の物の箱詰めは女性スタッフがしてくれるなど、気が利いているが、アメリカだとそんなことないんだろうねえと、ため息をつく話ばかりだ。

確かに、そのような気遣いは、一切、感じたことがない。例えば、見積もりを出すために引越し業者が家にやってきたとき。戸棚の中身を確認したりしながら各部屋を回った業者の人は、金髪でキャラメル色に日焼けをした、マイアミヴァイスの刑事役みたいな感じのハンサム男で(例えが古い)、寝室に入るなり、「ハイ、なるほど、このタンスの中身は服ですね!」と、私の下着がごちゃごちゃ詰まっている引き出しを爽やかに開けて、爽やかにクリップボードにメモを取った。

私はこれで学習をし、明くる日、違う業者の人(今度はローアンドオーダーに出てきそうなおじさん)が来たときは、タンスを開けられる前に「衣類です!」とストップをかけた。別に見られてどうなるわけじゃなし、とも思うが、穴が開いているパンツが転がり出てきたら恥ずかしいじゃない?

引越しの当日は、大男が何人も家に押しかけてきて、一斉に物を箱に放り込み、壊れ物はとにかく緩衝材をぼんぼん一緒に入れて祈る程度の、大雑把な作業なんだろうな、と想像している。

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つまらないことを長々と書いてしまった。

引越しにおいて残念なのは、大学院の一年目から、窓の縁から私を静かに見守ってくれていたサボテンを置いていかなければならないこと。サボテンの名前はトニー。疲れていると、私はトニーに話しかけたりする。キッチンの窓に座っているハーブも置いていく。

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また、引越しを控えているのに何故か多肉植物を増やそうとしていた時期があり、そうしてやっと自立できたカッティングも誰かに引き取ってもらわなければならない。この子たちはのんびりしていて、一カ月してやっと根付いた。

グーグル検索すると、cactus という英語の言葉は、アーティチョークの仲間の cardoon というトゲトゲした植物のギリシャ語名 káktos が少し変化して、17世紀初期に使われ始めたとある。日本語だとシャボン(石鹸)としても使われていたため、シャボテンになったとか、どこかで聞いたような。シャボンはフランス語の savon(石鹸)ですね。

シャボン玉はシャボン玉なのに、どうして石鹸は石鹸と呼ぶのだろうと、つまらないことを考えながら、引越し作業を続けている。



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by majani | 2017-08-03 06:24 | 言葉と物 | Trackback | Comments(2)

びっくり

先日、母とサンフランシスコの散策を楽しんでいた。

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イタリア街の店のウィンドウ。

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金融街にある illy のカフェ、Espressamente に入り、

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上手にできたカプチーノと、ラズベリーとレモンのミニ・エクレアを美味しくいただいた。

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中華街にある Wok Shop という店の戦利品。中国は景徳鎮の輸出を最近やめてしまったので見つけたらラッキーだよと店主が話していた。そしてオマケにしゃもじをくれた。


さて、中華街で景徳鎮を買い漁った後に金融街に戻って来たら、裸の自転車ツアーをしている12人くらいのグループに遭遇した。それが本当に素っ裸で、「イェーイ、カム・アンド・ジョイン・アス!」とか歩行者に呼びかけている。そこに一人だけしわしわの老人が混じっていた。寒くないのだろうか。

裸の自転車ツアーは赤信号に引っかかってばかりで、徒歩の私たちは何度も何度も彼らに追いついてしまった。金融街でお尻を沢山見てきましたよ。

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中華街で見たカリフォルニア産アボカドの広告。


母と出かけると、面白いことが起こる。宇宙の法則なんじゃないかと思う頻度で。

また違う日、私はユニオンスクエアのデパート前の混沌としている道を母と歩いていた。私たちの後ろに男、女、女の仲良し若者グループがいるなと何となく意識した。

どうやら男は結婚に踏み切るかどうか悩んでいるらしい。通る太い声で、結婚しちゃうと仕事で色々面倒くさいことがあるからさと話していて、女二人が、うんうん、そうだよねえ、分かる分かると細かく相槌を打っている。母が急に静かになったので、私と同じようにダンボ耳になっているに違いない。結婚すると面倒くさいことが生じる仕事ってなんだろう?

すると、若者グループが私たちと並んだ。てっきり男性だと思っていた悩める若者は、シルクのようなつるつるの長い髪に純白のカチューシャをしていて、リブ編みの小さなタンクトップの胸元が多少膨らんでいた。意表を突かれた母がタハッという表情を浮かべている。トランスジェンダーの子かしら、声だけで頭の中で判断しちゃってたわ、びっくりしたねえ、と恥じらいながら母とコショコショ話をしていると、今度は若者たちのお喋りがパタリと止んだ。

私たちに向かって白いワンピースを着た小柄の女性が歩いてくるのだが、彼女の頭の上に大きな猫が横たわっているのだ。猫は前脚を上手に組み、女性の歩く動作に悠然と揺られながら、澄ました顔で「頭に乗っていますが、何か?」と目を細めた。

カチューシャの若者は呆然として頭に猫を乗せた女性が歩き去ってゆくのを見届けた。そして、「びっくりしたねえ!」と明るく友人たちと笑った。

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どうでも良い話だけれども、家に帰ってきて景徳鎮が包まれていた中国語の古新聞を広げてみて初めて知った。トランプって「川普」と書くんですね。

色々あります、サンフランシスコ。



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by majani | 2017-07-03 05:58 | ナンデモアリ | Trackback | Comments(4)

クラムチャウダー国家

マドンナさんとよく行く、フェリービルディング内の定番のお店、 Hog Island Oyster Company。海が見える外の席に座って、久々にクラム・チャウダーを食べた。

先週はボストンに行く用事があり、ふと思い出した。クラムチャウダーは本来、東海岸のものなのだ。ニューイングランド地方のクラムチャウダーはクリームベースで、マンハッタン版はトマトベース。

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サンフランシスコのホグアイランドで食べたのは、クリーミーなニューイングランド風だけれど、くどくない味。


さて、神聖なクラムチャウダーを真っ赤にしてしまったニューヨーカーの冒とくに腹を立てたメイン州の人々は、1939年に、クラムチャウダーにトマトを入れることを禁じる規制を導入しようとした。このちょっとした事件から見受けられるように、アメリカ人のアイデンティティはある程度、地方のプライドに根差している。

しかしバリエーションが豊富であるにも関わらず、「クラムチャウダー」は実に「アメリカらしい」一品だと私は思っている。アメリカの小説家ハーマン・メルヴィルは『白鯨』(1851年)で、クラムチャウダーを次のように描写している。

However, a warm savory steam from the kitchen served to belie the apparently cheerless prospect before us. But when that smoking chowder came in, the mystery was delightfully explained. Oh, sweet friends! hearken to me. It was made of small juicy clams, scarcely bigger than hazel nuts, mixed with pounded ship biscuit, and salted pork cut up into little flakes; the whole enriched with butter, and plentifully seasoned with pepper and salt.

嗅いだだけで体が温まるような、バターと海とベーコンのあの香り、あのまろやかさ。全ての地方のチャウダーに通ずる、アメリカらしい暖かさがある。(どうでもいいですが、pounded ship biscuit って美味しそう。オイスタークラッカーみたいなのかな。)

「アメリカ第一」を唱えるトランプ政権は、ナショナリズムの名を借り、イスラム教徒や女性の権利、および世界中から引き寄せられた研究者の生活を阻もうとしている。これはもはやナショナリズムでも何でもない。

クラムチャウダーに色々とあるように、それぞれの伝統、価値観、宗教や考え方を尊重し、尚且つ「アメリカ」という包括的な国民意識を育むことは矛盾に至ってしまうのだろうか。アメリカは人種の坩堝だとよく言われているが、世帯所得を始め、住む場所や通う学校などが、人種別に割とくっきりと分かれているのが実際問題としてある。そんな中、私たちだって苦しいのに見捨てられてしまったと感じた、激戦州に住む低所得の白人がクリントンを信頼できなかったことがトランプ就任の背景にある。白人であるが故に見捨てられたという気持ちも、潜んでいるかもしれない。

移民が多い米国は、クラムチャウダー国家モデルでここまでやってきた。それがトランプ政権の下、少しずつ、ツイッター発言の一言ひとことで、崩れ始めているように思われる。現に、直近の移民規制に対し、 “This is not who we are” 、すなわち、「これは、本来の私たち(アメリカ人)ではない」と懸念を示すナラティブが民主党側で主流化している。多様性を掲げ「違い」を強さとし、一人ひとりの人権を守ることが、アメリカ人のあり方のDNAに組み込まれているという主張だ。

因みに、1939年のメイン州のトマト禁止法は、けっきょく通らなかった。だからこそ、「うちのクラムチャウダーの方が良い!」と健全なライバル意識があるのではないのかなあ・・・

そんなことをつらつらと考えながら、ボストンクラムチャウダーを小さなスプーンで口に運んだ。

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ボストンは雪と風と氷で、毎晩ホテルに帰っては熱いお風呂で体を解凍していた。(風呂仲間はホテルの部屋に付いてきた黄色いラバーダッキーちゃん。)

ナンデモアリフォルニアに馴染んでしまった私は、手に霜焼けを負ってよぼよぼと戻ってきた。ラトビアの手袋を自分用にも買っておけばよかった~と悔しむ、寒い寒い出張でした。


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by majani | 2017-02-13 09:41 | 食べる人々 | Trackback | Comments(0)

グラノーラバーを食べ損ねる

ロードトリップの途中ですが、ちょっと余談。

久生十蘭の短編小説『葡萄蔓の束』で、聖母トラピスト修道院に客として宿泊することになった主人公は、変わり者のベルナアルさんに出会う。困ったことにベルナアルさんはたいそうのお喋り好き。何かに感銘を受けてはついつい沈黙の戒律を破ってしまい、修道僧になれないまま、それでもなお神の愛を信じ続け、社会から切断された修道院でひっそりと暮らす。沈黙に耐えきれなくなり、遠くまで歩いて行っては山や虹に向かって大声で喋りかけるベルナアルさん。

その姿を思い浮かべながら、私も最近まで沈黙と対決していた。親知らずを三本抜いて、話すことを禁じられていたのだ。気が狂いそうだ。少しでも気を紛らわそうと、『葡萄蔓の束』を本棚から掘り出して読み返したら、もっと喋りたくなった。

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台湾の公衆衛生キャンペーンポスター、1959年。Taiwan public health poster, 1959. Public domain.


ざ・ふぁーむ周辺の歯医者は、受付にちょろちょろと水が流れる噴水?らしきものがあったり、安らかな音楽が流れていたり、まるで高級エステサロンのようだ。治療を受けている間はサングラスをかけ、天井に設置された液晶テレビで自由自在に映画やドラマの観放題。

私は現在、三人の歯医者に掛かっており(日本では近所の歯医者さんに全てを任せていた一方、アメリカではそれぞれニッチュな専門家に診てもらうらしいのだが、つまるところ、色々な専門家を要するほど親知らずが大変なことになっていた)、その一人の待合室で面白い物を発見した。待合室のソファの隣に立派なエスプレッソマシンがあり、その側にリップバームや、ナッツとクランベリーが入ったグラノーラバーがバスケット一杯置いてある。

長い間、口を開けていると唇が乾くので、リップバームはまだ解る。けれど、歯に如何にも悪そうなコーヒーや硬いグラノーラバーをこれ見よがしにディスプレイしておくとは、意地悪ぢゃないか。

以前、病院でアイスクリームサンドを食べ損ねましたが、歯医者では美味しそうな(そしてとても高そうな!)グラノーラバーを食べ損ねた上、お喋り禁止の命令を受け、大好きなワインもしばらくお預け。ロードトリップ後の出来事だったから良いようなものの、とても惨めな気分になった。親知らずはさっさと抜いておくべきなんですね。

お喋り解禁の朝、あいにく山や虹はそこらになかったが、私は大声で「おはよう」と言ってみた。ああ、気持ち良い。



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by majani | 2016-02-02 05:38 | ナンデモアリ | Trackback | Comments(0)

隣は何を

10月のポカポカした日に書き上げて、そのまますっかり忘れていた話をひとつ。

・・・

年に一度、突然私に襲い掛かる「サンフランシスコに引っ越したい」発作。

今は大学のキャンパスに近いアパートメントで暮らしている。静かな並木道やこ洒落たビストロがある素敵な住宅街なのに、私が住む古い建物は壁が非常に薄く、側を電車が通る度にガタガタと家中の物が踊り出す。地震が来たら確実に死ぬだろうと覚悟している。しかし住めば都で、電車の音もお隣さんの子供たちの尋常でない大声も、もう慣れっこだ。

すると最近、向かい側の建物にオーストラリア人男性とアメリカ人女性の若いカップルが引っ越してきた。(私の奇怪なダンスを時々目撃していた憐れな住人が昔住んでいた場所。)

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Ideen von Olbrich (1904), architecture study. Public domain.


彼らはいつも家にいる。何故オーストラリア人とアメリカ人だと分かるかというと、カップルの会話がこちらに筒抜けなのだ。私がリビングルームでパソコンとにらめっこをしていると、買い物リストを作る他愛ない相談から、友人に対する生々しい陰口まで、全てがくっきりと聞こえてくる。とうとう彼らが真昼間から熱中して観ているテレビ番組のテーマ曲を、無意識にハミングするようになってしまった。

あの人たち、いつもソファにごろんとしてるね、とフィアンセ氏までが呆れている。

そうなのだ。秋と言えども、日中ずっと日が差していたアパートは夕方に一番蒸し暑くなり、謎の設計によって、窓を開け放しても何をしても延々とムシムシしている。向かいのカップルも同じ状況にあるらしいが、薄着になって蒸し暑さをただ耐え忍ぶ私に対し、彼らはアパートの扉を全開にする。するとこちらのリビングとキッチンから彼らがソファに寝そべっているのが丸見えなのだ。秋深き隣は何をする人ぞどころか、何をする人か完全に把握できている。

いつもテレビを観ているのは、大富豪で働かなくて良いのかしらん。きっと超文系な大学院生なんだよと彼は言う(私たちも文系ですけどね)。

向かいのカップルは、二人ともやたらに声が大きい。

「ダーリン、あのね、テーブルクロスのことだけどさ」

「なあに、ダーリン!」

「あのね!テーブルクロスのことだけどさあ!」

「ダーリン、私今キッチンで色々やってるから聞こえない!こっちに来て!」

違う建物にいる私にはちゃんと聞こえているよ!ダーリンはテーブルクロスをもう敷いてよいかと訊きたかったらしい。そんなこと独断でよいのでは、と思う。

ある夜、ギャアという叫び声に私はがばとベッドから起き上がった。カップルが大喧嘩をしている。

「ダーリン、いったい何を怒ってるんだい」

「昨日の夜、私を置いて逃げたことが許せないのよ」

すごく気になるけど、夜中に迷惑。寝室にまで彼らの声が漏れてくることが分かった。電車で家が揺れてもぐうぐう寝続けられる私が飛び上がる大音量のケンカだ。

向かい側に睡眠を邪魔されるような家はもう嫌じゃ、サンフランシスコのお洒落なアパートに引っ越してやる、とブツブツ言いながら私はベッドにもぐりこんだ。

こうして今年の「サンフランシスコに引っ越したい」発作が始まったわけだが、ちょうどそのタイミングでサンフランシスコで学会が開催されていて、ほぼ毎日電車で通っているうちに、現実的でないことを改めて実感する。サンフランシスコでアパート探しをした友人の身もつまされるような体験談は何度も聞いたし、同居人を数人探さないと住めない価格だ。金銭的なことはさておき、カルトレインからBARTに乗り換えたりしているうちに、大学まで往復で三時間以上かかってしまう。これが続いたら疲れてしまうだろうな。大学付近で広々としたアパートに低価格で住め、相当恵まれているのに、私はそれをすっかり忘れていた。

学会の最終日に私は思った。今の幸福な環境に気が付かせてくれてありがとう、向かいのカップルよ!私はもう少しこの中途半端な田舎で頑張るぞ。

私が帰宅すると、二人は仲直りをしたようで、ソファに並んでお気に入りのテレビ番組を観ていた。人は見えないところで、役立っている。

まあ、最初から静かにしてくれたならば、それで良かったんですけどね。


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by majani | 2015-12-13 10:48 | ナンデモアリ | Trackback | Comments(0)

バサフィッシュにうってつけの日

ナンデモアリフォルニアの魚は高い。

「こんなに高いのはおかしい、新しいスーパーを開拓してみよう」と、フィアンセ氏と Yelp で好評の小さなマーケットに行ってみた。今日はそこで起きたとんでもない勘違いの話。

コリアンダーが一束75セント、元気そうなイタリアンパセリが二束で99セント。玉ねぎもジャガイモもニンジンもぷりぷりのローマトマトも、さらにスパイスまでが、普段使っているトレーダージョーズ、セーフウェイ、ホールフーズよりも断然に安い。ヒカマやトマティーヨや、何種類ものチリを売っているので、ヒスパニック向けのスーパーなのだろうか。チーズや肉の商品名が全てスペイン語表記だ。

困ったことに、何が何だかよく分からない。

チキンは分かったけれど、このゴテゴテした物は一体チキンのどの部分・・・?ビーフに関しても普段使い慣れているカットが全く見当たらない。うーんうーんとガラス越しの肉をにらんでいると、ニコニコした店員が奥から出てきてスペイン語で話しかけてくる。謎のお肉で冒険するのはおっかないので(一つひとつ説明してもらうのも面倒くさい)、「ケントウチュウデス」と返答してさささと移動する。

魚はありがたく英語表記だが、三種類しかない。ティラピアとキャットフィッシュとバサ、とある。

ティラピアはとても安い白身魚で、スパイスなどで積極的に助けてやらないと味があまり良くない。キャットフィッシュはナマズのことである。長時間オーブンで焼くかしっかり揚げないと生臭いのがしつこく残るので、私は苦手だ。あとナマズだけさばかれていない。髭がぴよ~んと出ていて、少しグロテスクな点で却下。

「Basa だって。バサって何だろう」

「Bass のスペルミス?スズキかな」

「でも川にもバスっているよ」

ちょうど二日前に観ていたイギリスの昔の料理番組で、アメリカのブラックバスが湖や川に帰化してしまって生態系を荒らしているという話があった(確か日本でも問題)。

「じゃあ野生のバスを食べると環境にいいのかなあ」

ごにょごにょ二人で喋っていると、先ほどの店員がまたこちらに来て、早く注文してくれという顔をしている。

「待ってるよ。どうするどうする」

「よし、じゃあバスにしよう。一番安いし、美味しそうだ」

「バスを、二切れ下さい」

店員はニコニコしている。

「バサね」

ん?今、直されたような気がしたが。どっしりと重い魚を2ポンド3ドルで受け取り、野菜なども買って6ドルちょっと。こんなに安くていいものなのか。

帰りの車でふと気になった。

「あの人、バスじゃなくてバサって言ってたような気がする」

「でもバサなんて聞いたことないよ」

「うん、そうだけど…」

家に帰って「バサフィッシュ」をインターネットで検索してみた。最初に出てくるのは、「バサフィッシュは絶対に食べるな」とか「バサは危険」とかそういうページばかりである。

「ぎゃー、やっぱりバサって違う魚なんだ!」

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こちらが正解。学名は Pangasius bocourti 。参考文献:Roberts, T. R. and C. Vidthayanon (1991).


よく考えてみれば(よく考えなくても)バスを誤ってバサと書く店があるわけがない。バスがティラピアより安い時点で疑うべきだった。素直にお肉を買っていたほうが、冒険しなくて済んだかも。

しかもバサフィッシュは私が苦手なナマズの種類である。

メコン川に生息する淡水魚で、アメリカに輸入される養殖魚は、米国政府に許可されていない強い抗生物質をばんばん与えている可能性があるので要注意、とある。米国ナマズのロビーにより(色々なロビーがあるんだなあ)、ベトナム産の Pagasius bocourti は国産の「真の」キャットフィッシュとして扱われない。法的にバサフィッシュ等と表記しなければならないようだ。実際、私たちが行った店では生産地のセの字も表記されていなかったが、「バサ」として売られていたためベトナム産だと思われる。

人を怖がらせるために大袈裟に書いているウェブページが多いが(それこそナマズロビーの暗躍をにおわせる)、中には食べても安全と説明しているサイトも。本当のところはどうなんでしょう。

捨ててしまうのもバサフィッシュが可哀想なので、仕方なく調理にかかる。レモン汁で洗い、塩コショウ、コリアンダー、タラゴン、チリ、カイエンペッパー、パプリカ、ナツメグ・・・ありとあらゆるスパイスを丹念に塗りこみ一度焼く。身がほろほろしているのかと思ったら、意外としっかりしていて崩れない。ニンニクで炒めた玉ねぎとリークを放り込み、熟したトマト、はちみつ、ベイリーフ、タイム、ストックと大量の酒でひたすら煮る。

真っ赤な鍋の中を覗きこみながら、サリンジャーの短編小説、『バナナフィッシュにうってつけの日』を思い出した。主人公のシーモア・グラースが、海辺で出会った小さな女の子シビルにバナナフィッシュの話をする。バナナフィッシュは海の中の洞穴に大好物のバナナを沢山見つけるが、バナナを食べているうちに大きくなりすぎて洞穴から出られなくなってしまい、そこで死んでしまうのだ。

鍋の中でぐつぐつしているバサフィッシュ。薬を食べていたら大きくなりすぎてしまって、収獲されたのかな。

バターライスと一緒によそってみた。

できあがった甘辛フィッシュシチューは魚の味が区別できないものになっていた。適当に作ったわりにはとても美味しいが、メコン川の底で育った薬漬けの魚を食べていると思うと何となく嫌な気分である。

「やっぱり魚が高いのは、理由があるんだよ」

明日からはホールフーズで一番高級な魚を買うことにする。


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by majani | 2015-09-28 08:57 | 食べる人々 | Trackback | Comments(0)

総理大臣が来る

先週、安倍首相がざ・ふぁーむを訪問し、学校のコンサートホールで講演会が行われた。

安倍総理のスピーチは、シリコンバレーのイノベーション、また creative destruction といったエートスから学べることが沢山あるという内容。日本企業のシリコンバレー進出を支援する企画や、サンフランシスコとロスを結ぶ高速鉄道の計画に対し、日本の新幹線をカリフォルニア州知事にピッチしたことなどを報告した。

国会演説とざ・ふぁーむで行われたシンポジウムに対し、思うことは色々あった。しかしここに書き留めたいのは、些細なことではあるが、全く違う感想である。

それは、これほどかしこまって、厳かなイベント会場をざ・ふぁーむで見るのは初めてだということ。

ざ・ふぁーむは東海岸のアイビーリーグ校に比べ、学会などの参加者の服装が随分カジュアルだと普段からされている。私の分野で、東海岸で訓練を受けている研究者が初めてこちらに招かれると、「堅苦しくなくて良いね」というジョークがあったり、「背広で出席しないんだね!」と驚かれたりする。ナンデモアリフォルニアの心地よい天候のせい(おかげ?)か、服装もなんとなくリラックスしてしまうのである。

それが今回の安倍総理訪問においては、参加者のほぼ全員がフォーマルな格好をしている。ざ・ふぁーむじゃないみたいだ。学校のロゴが入ったTシャツのいわゆる学生っぽい格好をした学部生がちらほらいるが、日本人学生・研究者・教授はピシッとした背広姿が揃う。見事な晴天だったこの日は夏のように暑く、本当はパンツ一丁でいたい気分だった私であるが、ジャケットをはおって行って大正解。

やはり日本人が集まるイベントは、かしこまっている。最近、オバマ大統領もざ・ふぁーむに来ていたが、その時でさえこんなにかしこまっていなかった。

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さて、ゲーム理論の簡単な例で、次のようなものがある。ある仲良しな夫婦が今夜出かけることになっているが、行き先がまだ決まらない。バレエを観に行くか、映画を観に行くか、二つのアクティビティが候補としてあがっている。

一人はどちらかと言えばバレエを観たい。しかし相手と一緒に時間を過ごすことが肝心なので、映画になっても別に文句は言わない。もう一人はどちらかと言えば映画を観たい気分だが、やはり二人で楽しめるのであればバレエでも良い。さて、二人は今夜どこに行くのでしょう?

ナゾナゾみたいになってしまったが、答えは至って普通。二人揃ってバレエの劇場、あるいは二人揃って映画館に行くのである。論理的なプレイヤーの二人がそれぞれ取りうる行動や最適な戦略など、その全てが一つの「ゲーム」とされ、お出かけする夫婦の例はコーディネーションが目的のゲームの一種だ。要点としては、「二人で同じことをする」、つまりコーディネートするのを優先しているため、いずれにしても一人がバレエに行ってもう一人が映画館、という結果は均衡として生じない。

事前に話し合っておけば、すんなり行き先が決まるはず(「今回バレエにしてくれたら、次は映画に付き合うよ」など、取引をしてもよい)。しかし問題が面白くなるのは事前に相談できなかった場合だ。6時に待ち合わせをしたのはいいが、場所を決める前に二人ともケータイの電池が切れて連絡が取れなくなってしまったとしよう。

国立劇場に向かうべき?それとも映画館?

講演会や学会に行く服装は、他の人が何を着てくるのか分からないが、それを推測して合わせなければならない、一種のコーディネーションゲームである。ケータイの電池が切れたまま、バレエに向かうか映画館に向かうか決めなければいけない夫婦のジレンマによく似ている。カジュアルな格好の方が若干楽ではあるものの、実際はフォーマルとかカジュアルとかどうでもよくて、とにかく自分だけ浮いているとマズイ、と考えるからだ。ドレスコードなど何等かの共有知識があれば安心して服装を計画できるのに、何も伝えられていないと慎重になる。

こちらに来て間もない頃、私は皆が映画館に行っている間、自分一人だけオペラグラスを持って淋しいバレエ劇場に行ってしまうということがあった。しかしこの「ゲーム」を遊び続けるにつれて、今日は映画館だな、今日はバレエだ、となんとなく分かってくるのもゲームの仕組みの一つ。ゲームを繰り返すことによって、学ぶチャンスが授けられるのだ。

もちろん、感覚が狂って皆がバラバラになってしまうことも。殊に一度限りのイベントや、他に誰が来るのか把握できないイベントはバラバラになる確率が高くなる。もっとも、オバマ大統領が来たときはコーディネートができず、映画を観に行った人もいれば、バレエの人もいた。それが安倍総理訪問の場合、事前に「何を着てく?」と話し合わなかったにも関わらず、国民性(?)だろうか、「日本人としての一般常識」みたいなものが作動し、ふぁーむらしからぬ「フォーマル」に一致したわけである。日本人が多いイベントだから絶対バレエだ!と他の人が意識していたかまでは分からない。とにかく私もバレエにして良かった良かったとホッとした。

こんなに日本人の仲間がいたんだ、嬉しいなあ、とも思った。

さて、バレエを見事に見極めたところで、暑いのには変わりない。最後に総理と握手する機会があり、手が汗ばんでいるのではないかと心配すればするほど、汗がにじみ出てくるような気がした。ぺとぺとしていたら、お許しください。これでも暑苦しい格好で一日頑張ったのです。

ここには日本人学生が少ないと聞きましたので、1人10人分くらい頑張ってください、という言葉を残し、総理は笑顔で、背広姿のアントゥラージュと共に颯爽と去って行った。総理の周りの人間は迷うことなく、毎日、毎日、バレエを観に劇場に現れるのである。


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by majani | 2015-05-07 15:44 | 院生リンボー | Trackback | Comments(2)

スモールトーク

先日、ざ・ふぁーむの病院に行くことになった。それがまたハイソな病院で、入口にはヴァレーパーキング、ロビーには静かなジャズが自動的に流れるグランドピアノがあり、豪華ホテルにのこのこ入ってきてしまったのかと目を疑う。

待合室で論文に目を通していると、暇そうにしている看護師の男性が、「寒くない?」と声をかけてくる。面白い物を読んでいると興奮して肩に力が入ってしまう癖で、それが寒そうにしているように見えたのかもしれない。大丈夫だと答えて論文に戻ろうとすると、今度は「日本のどこから来たの」と聞かれる。東京出身だと言うと、看護師はこう語り始める。

「東京か、懐かしいな。まだ若くて独身だった頃は六本木のクラブでDJしてたなあ。俺、グアム出身なんだけど、友達が埼玉に住んでて、よく日本に遊びに行ったもんだよ。埼玉には半年くらいいた。」

「へえ、六本木でDJしてたんですか」と相槌を打ったのが彼に自信を持たせてしまった。あの頃はナンチャラが同じクラブで仕事してただの、ナントカとよく飲みに行っただの、私が全く知らないDJの名前をいくつも呪文のように唱え始める看護師。

「日本は面白い。友達が駐輪所で自転車をがちゃがちゃ動かし始めて、何やってるんだと聞いたら、これは鍵がかかってないからお前も早く乗れって言うんだ。そうやってどこかまで乗ってくと、今度はそこらへんに乗り捨てて、おい、これここに置きっぱなしでいいのかと聞くと、大丈夫大丈夫、誰かがまた乗って元の場所に戻してくれるさ、ってね。便利なシステムだよね!」

そんなシステムないです。つまり自転車泥棒をしてたわけですか。

看護師は遠くを見つめ、ため息をついている。懐かしの埼玉時代を思い出しているようだ。案の定、

「日本で知り合った女性と結婚してね」

「はあ、そうなんですね」

「グアムに一緒に来てくれて、永住権を取得してさ。彼女はホテルバーで働いててね。そしたら彼女は同じ職場のギリシャ人と恋をしてしまったんだ。」

ギリシャ人だったかな。ジャマイカ人だったかもしれない。とにかくグアムのホテルバーで働く怪しい外国人に奥さんを取られてしまったようである。これは…慰めるべきなのか?

しかしその必要はなく、看護師は淡々と話し続ける。

「でも俺はこっちで結婚できて、今は娘がいて、すごく幸せさ!それにしても日本はいいとこだよ。いやあ、俺も若かったなあ、あの時。サンフランシスコのジャパンタウンはよく行くのかい?」

起承転結が一応あるが、支離滅裂なストーリーである。それに若かった若かったと言っている割にはそんなに年上という感じがしない。私がちんたら論文を書いている間、彼は埼玉で自転車を盗んだり、失恋したり、子供を産んだりしていたのである。人生色々だ。

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"Do not disturb signs #0096." Obsessionistas. Mar 7, 2012.


アメリカ人は「スモールトーク」が得意である。エレベーターや郵便局の列で一緒になった人と天気とかスポーツとかについて話す、ちょっとした会話のことを small talk という。(看護師の話はスモールトークを通り越してしまったような気がするが。)日本にスモールトークが存在しないというわけではないが、赤の他人相手に進んで自分の人生のことをさらけ出すこのオープンさには、今でも驚くことが度々ある。アメリカ文化独特な何かを感じる。

私は話しかけやすい顔をしているのか(ぼーっとしているのかも)、電車などで近くの人にちょくちょく声をかけられる。最初はつまらない話題でも、急に「ノースカロライナの伯父はムーンシャインを作ってるんです」とか、「私は趣味で、オレゴン州から仕入れたレアな木材でワニの模型を作るのが好きなんです」とか、絶対に普通の会話に出てこないような奇妙な事実が浮上する。それがスモールトークの面白いところでもある。どの時点でスモールトークではなくていわゆる「会話」になっているのか、定義のことはさておき、山の手線で隣のサラリーマンと酒造りについて話し込むなんてことはまずない。

ところで、ホテルバーのジャマイカ人が登場したあたりで、待合室に新しいおじいさん患者が入ってきて私の隣に腰かけた。途中からにも関わらず、看護師の話に目を輝かせ、もの言いたげな表情でこちらをチラチラ見るのである。しかし私はその「私も話したい」信号を冷たく無視し、看護師が仕事に戻ったのを機にまた論文に向かった。

しばらくすると、隣から嗄れ声が。

「お嬢さんはどこが悪いの」

やっぱり話したかったのね。わかりました。話しましょう。それにしても唐突な質問。

「脚を怪我したんです」

「私は膝の手術をここで受けたんですよ」と得意げなおじいさん。

「それは大変でしたね」

「もう治りかけですけどね。今日は肩がおかしいから診てもらうんです。ほら、左右比べると変でしょう。」

「そう…ですかねえ。まあ、私は専門家じゃないですからねえ」

「いいえ、確かに変なんです。ちゃんと見てください」

そしていきなりシャツを開いて私に肩を見せてくるおじいさん。

話したがり、見せたがりが集まる待合室だった。次回病院に行くときは、スモールトークを交わす(もとい、かわす?)技術をもう少し磨いてから挑むことにする。


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by majani | 2015-02-13 12:06 | ナンデモアリ | Trackback | Comments(0)


カリフォルニアで博士号取得後、ニューヨークにやってきた学者のブログ。海外生活、旅行、お出かけの記録。たまに哲学や語学に関するエッセイもどきも。


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