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クラムチャウダー国家

マドンナさんとよく行く、フェリービルディング内の定番のお店、 Hog Island Oyster Company。海が見える外の席に座って、久々にクラム・チャウダーを食べた。

先週はボストンに行く用事があり、ふと思い出した。クラムチャウダーは本来、東海岸のものなのだ。ニューイングランド地方のクラムチャウダーはクリームベースで、マンハッタン版はトマトベース。

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サンフランシスコのホグアイランドで食べたのは、クリーミーなニューイングランド風だけれど、くどくない味。


さて、神聖なクラムチャウダーを真っ赤にしてしまったニューヨーカーの冒とくに腹を立てたメイン州の人々は、1939年に、クラムチャウダーにトマトを入れることを禁じる規制を導入しようとした。このちょっとした事件から見受けられるように、アメリカ人のアイデンティティはある程度、地方のプライドに根差している。

しかしバリエーションが豊富であるにも関わらず、「クラムチャウダー」は実に「アメリカらしい」一品だと私は思っている。アメリカの小説家ハーマン・メルヴィルは『白鯨』(1851年)で、クラムチャウダーを次のように描写している。

However, a warm savory steam from the kitchen served to belie the apparently cheerless prospect before us. But when that smoking chowder came in, the mystery was delightfully explained. Oh, sweet friends! hearken to me. It was made of small juicy clams, scarcely bigger than hazel nuts, mixed with pounded ship biscuit, and salted pork cut up into little flakes; the whole enriched with butter, and plentifully seasoned with pepper and salt.

嗅いだだけで体が温まるような、バターと海とベーコンのあの香り、あのまろやかさ。全ての地方のチャウダーに通ずる、アメリカらしい暖かさがある。(どうでもいいですが、pounded ship biscuit って美味しそう。オイスタークラッカーみたいなのかな。)

「アメリカ第一」を唱えるトランプ政権は、ナショナリズムの名を借り、イスラム教徒や女性の権利、および世界中から引き寄せられた研究者の生活を阻もうとしている。これはもはやナショナリズムでも何でもない。

クラムチャウダーに色々とあるように、それぞれの伝統、価値観、宗教や考え方を尊重し、尚且つ「アメリカ」という包括的な国民意識を育むことは矛盾に至ってしまうのだろうか。アメリカは人種の坩堝だとよく言われているが、世帯所得を始め、住む場所や通う学校などが、人種別に割とくっきりと分かれているのが実際問題としてある。そんな中、私たちだって苦しいのに見捨てられてしまったと感じた、激戦州に住む低所得の白人がクリントンを信頼できなかったことがトランプ就任の背景にある。白人であるが故に見捨てられたという気持ちも、潜んでいるかもしれない。

移民が多い米国は、クラムチャウダー国家モデルでここまでやってきた。それがトランプ政権の下、少しずつ、ツイッター発言の一言ひとことで、崩れ始めているように思われる。現に、直近の移民規制に対し、 “This is not who we are” 、すなわち、「これは、本来の私たち(アメリカ人)ではない」と懸念を示すナラティブが民主党側で主流化している。多様性を掲げ「違い」を強さとし、一人ひとりの人権を守ることが、アメリカ人のあり方のDNAに組み込まれているという主張だ。

因みに、1939年のメイン州のトマト禁止法は、けっきょく通らなかった。だからこそ、「うちのクラムチャウダーの方が良い!」と健全なライバル意識があるのではないのかなあ・・・

そんなことをつらつらと考えながら、ボストンクラムチャウダーを小さなスプーンで口に運んだ。

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ボストンは雪と風と氷で、毎晩ホテルに帰っては熱いお風呂で体を解凍していた。(風呂仲間はホテルの部屋に付いてきた黄色いラバーダッキーちゃん。)

ナンデモアリフォルニアに馴染んでしまった私は、手に霜焼けを負ってよぼよぼと戻ってきた。ラトビアの手袋を自分用にも買っておけばよかった~と悔しむ、寒い寒い出張でした。


Or me.

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by majani | 2017-02-13 09:41 | 食べる人々 | Trackback | Comments(0)

グラノーラバーを食べ損ねる

ロードトリップの途中ですが、ちょっと余談。

久生十蘭の短編小説『葡萄蔓の束』で、聖母トラピスト修道院に客として宿泊することになった主人公は、変わり者のベルナアルさんに出会う。困ったことにベルナアルさんはたいそうのお喋り好き。何かに感銘を受けてはついつい沈黙の戒律を破ってしまい、修道僧になれないまま、それでもなお神の愛を信じ続け、社会から切断された修道院でひっそりと暮らす。沈黙に耐えきれなくなり、遠くまで歩いて行っては山や虹に向かって大声で喋りかけるベルナアルさん。

その姿を思い浮かべながら、私も最近まで沈黙と対決していた。親知らずを三本抜いて、話すことを禁じられていたのだ。気が狂いそうだ。少しでも気を紛らわそうと、『葡萄蔓の束』を本棚から掘り出して読み返したら、もっと喋りたくなった。

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台湾の公衆衛生キャンペーンポスター、1959年。Taiwan public health poster, 1959. Public domain.


ざ・ふぁーむ周辺の歯医者は、受付にちょろちょろと水が流れる噴水?らしきものがあったり、安らかな音楽が流れていたり、まるで高級エステサロンのようだ。治療を受けている間はサングラスをかけ、天井に設置された液晶テレビで自由自在に映画やドラマの観放題。

私は現在、三人の歯医者に掛かっており(日本では近所の歯医者さんに全てを任せていた一方、アメリカではそれぞれニッチュな専門家に診てもらうらしいのだが、つまるところ、色々な専門家を要するほど親知らずが大変なことになっていた)、その一人の待合室で面白い物を発見した。待合室のソファの隣に立派なエスプレッソマシンがあり、その側にリップバームや、ナッツとクランベリーが入ったグラノーラバーがバスケット一杯置いてある。

長い間、口を開けていると唇が乾くので、リップバームはまだ解る。けれど、歯に如何にも悪そうなコーヒーや硬いグラノーラバーをこれ見よがしにディスプレイしておくとは、意地悪ぢゃないか。

以前、病院でアイスクリームサンドを食べ損ねましたが、歯医者では美味しそうな(そしてとても高そうな!)グラノーラバーを食べ損ねた上、お喋り禁止の命令を受け、大好きなワインもしばらくお預け。ロードトリップ後の出来事だったから良いようなものの、とても惨めな気分になった。親知らずはさっさと抜いておくべきなんですね。

お喋り解禁の朝、あいにく山や虹はそこらになかったが、私は大声で「おはよう」と言ってみた。ああ、気持ち良い。



Or me.

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by majani | 2016-02-02 05:38 | ナンデモアリ | Trackback | Comments(0)

隣は何を

10月のポカポカした日に書き上げて、そのまますっかり忘れていた話をひとつ。

・・・

年に一度、突然私に襲い掛かる「サンフランシスコに引っ越したい」発作。

今は大学のキャンパスに近いアパートメントで暮らしている。静かな並木道やこ洒落たビストロがある素敵な住宅街なのに、私が住む古い建物は壁が非常に薄く、側を電車が通る度にガタガタと家中の物が踊り出す。地震が来たら確実に死ぬだろうと覚悟している。しかし住めば都で、電車の音もお隣さんの子供たちの尋常でない大声も、もう慣れっこだ。

すると最近、向かい側の建物にオーストラリア人男性とアメリカ人女性の若いカップルが引っ越してきた。(私の奇怪なダンスを時々目撃していた憐れな住人が昔住んでいた場所。)

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Ideen von Olbrich (1904), architecture study. Public domain.


彼らはいつも家にいる。何故オーストラリア人とアメリカ人だと分かるかというと、カップルの会話がこちらに筒抜けなのだ。私がリビングルームでパソコンとにらめっこをしていると、買い物リストを作る他愛ない相談から、友人に対する生々しい陰口まで、全てがくっきりと聞こえてくる。とうとう彼らが真昼間から熱中して観ているテレビ番組のテーマ曲を、無意識にハミングするようになってしまった。

あの人たち、いつもソファにごろんとしてるね、とフィアンセ氏までが呆れている。

そうなのだ。秋と言えども、日中ずっと日が差していたアパートは夕方に一番蒸し暑くなり、謎の設計によって、窓を開け放しても何をしても延々とムシムシしている。向かいのカップルも同じ状況にあるらしいが、薄着になって蒸し暑さをただ耐え忍ぶ私に対し、彼らはアパートの扉を全開にする。するとこちらのリビングとキッチンから彼らがソファに寝そべっているのが丸見えなのだ。秋深き隣は何をする人ぞどころか、何をする人か完全に把握できている。

いつもテレビを観ているのは、大富豪で働かなくて良いのかしらん。きっと超文系な大学院生なんだよと彼は言う(私たちも文系ですけどね)。

向かいのカップルは、二人ともやたらに声が大きい。

「ダーリン、あのね、テーブルクロスのことだけどさ」

「なあに、ダーリン!」

「あのね!テーブルクロスのことだけどさあ!」

「ダーリン、私今キッチンで色々やってるから聞こえない!こっちに来て!」

違う建物にいる私にはちゃんと聞こえているよ!ダーリンはテーブルクロスをもう敷いてよいかと訊きたかったらしい。そんなこと独断でよいのでは、と思う。

ある夜、ギャアという叫び声に私はがばとベッドから起き上がった。カップルが大喧嘩をしている。

「ダーリン、いったい何を怒ってるんだい」

「昨日の夜、私を置いて逃げたことが許せないのよ」

すごく気になるけど、夜中に迷惑。寝室にまで彼らの声が漏れてくることが分かった。電車で家が揺れてもぐうぐう寝続けられる私が飛び上がる大音量のケンカだ。

向かい側に睡眠を邪魔されるような家はもう嫌じゃ、サンフランシスコのお洒落なアパートに引っ越してやる、とブツブツ言いながら私はベッドにもぐりこんだ。

こうして今年の「サンフランシスコに引っ越したい」発作が始まったわけだが、ちょうどそのタイミングでサンフランシスコで学会が開催されていて、ほぼ毎日電車で通っているうちに、現実的でないことを改めて実感する。サンフランシスコでアパート探しをした友人の身もつまされるような体験談は何度も聞いたし、同居人を数人探さないと住めない価格だ。金銭的なことはさておき、カルトレインからBARTに乗り換えたりしているうちに、大学まで往復で三時間以上かかってしまう。これが続いたら疲れてしまうだろうな。大学付近で広々としたアパートに低価格で住め、相当恵まれているのに、私はそれをすっかり忘れていた。

学会の最終日に私は思った。今の幸福な環境に気が付かせてくれてありがとう、向かいのカップルよ!私はもう少しこの中途半端な田舎で頑張るぞ。

私が帰宅すると、二人は仲直りをしたようで、ソファに並んでお気に入りのテレビ番組を観ていた。人は見えないところで、役立っている。

まあ、最初から静かにしてくれたならば、それで良かったんですけどね。


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by majani | 2015-12-13 10:48 | ナンデモアリ | Trackback | Comments(0)

バサフィッシュにうってつけの日

ナンデモアリフォルニアの魚は高い。

「こんなに高いのはおかしい、新しいスーパーを開拓してみよう」と、フィアンセ氏と Yelp で好評の小さなマーケットに行ってみた。今日はそこで起きたとんでもない勘違いの話。

コリアンダーが一束75セント、元気そうなイタリアンパセリが二束で99セント。玉ねぎもジャガイモもニンジンもぷりぷりのローマトマトも、さらにスパイスまでが、普段使っているトレーダージョーズ、セーフウェイ、ホールフーズよりも断然に安い。ヒカマやトマティーヨや、何種類ものチリを売っているので、ヒスパニック向けのスーパーなのだろうか。チーズや肉の商品名が全てスペイン語表記だ。

困ったことに、何が何だかよく分からない。

チキンは分かったけれど、このゴテゴテした物は一体チキンのどの部分・・・?ビーフに関しても普段使い慣れているカットが全く見当たらない。うーんうーんとガラス越しの肉をにらんでいると、ニコニコした店員が奥から出てきてスペイン語で話しかけてくる。謎のお肉で冒険するのはおっかないので(一つひとつ説明してもらうのも面倒くさい)、「ケントウチュウデス」と返答してさささと移動する。

魚はありがたく英語表記だが、三種類しかない。ティラピアとキャットフィッシュとバサ、とある。

ティラピアはとても安い白身魚で、スパイスなどで積極的に助けてやらないと味があまり良くない。キャットフィッシュはナマズのことである。長時間オーブンで焼くかしっかり揚げないと生臭いのがしつこく残るので、私は苦手だ。あとナマズだけさばかれていない。髭がぴよ~んと出ていて、少しグロテスクな点で却下。

「Basa だって。バサって何だろう」

「Bass のスペルミス?スズキかな」

「でも川にもバスっているよ」

ちょうど二日前に観ていたイギリスの昔の料理番組で、アメリカのブラックバスが湖や川に帰化してしまって生態系を荒らしているという話があった(確か日本でも問題)。

「じゃあ野生のバスを食べると環境にいいのかなあ」

ごにょごにょ二人で喋っていると、先ほどの店員がまたこちらに来て、早く注文してくれという顔をしている。

「待ってるよ。どうするどうする」

「よし、じゃあバスにしよう。一番安いし、美味しそうだ」

「バスを、二切れ下さい」

店員はニコニコしている。

「バサね」

ん?今、直されたような気がしたが。どっしりと重い魚を2ポンド3ドルで受け取り、野菜なども買って6ドルちょっと。こんなに安くていいものなのか。

帰りの車でふと気になった。

「あの人、バスじゃなくてバサって言ってたような気がする」

「でもバサなんて聞いたことないよ」

「うん、そうだけど…」

家に帰って「バサフィッシュ」をインターネットで検索してみた。最初に出てくるのは、「バサフィッシュは絶対に食べるな」とか「バサは危険」とかそういうページばかりである。

「ぎゃー、やっぱりバサって違う魚なんだ!」

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こちらが正解。学名は Pangasius bocourti 。参考文献:Roberts, T. R. and C. Vidthayanon (1991).


よく考えてみれば(よく考えなくても)バスを誤ってバサと書く店があるわけがない。バスがティラピアより安い時点で疑うべきだった。素直にお肉を買っていたほうが、冒険しなくて済んだかも。

しかもバサフィッシュは私が苦手なナマズの種類である。

メコン川に生息する淡水魚で、アメリカに輸入される養殖魚は、米国政府に許可されていない強い抗生物質をばんばん与えている可能性があるので要注意、とある。米国ナマズのロビーにより(色々なロビーがあるんだなあ)、ベトナム産の Pagasius bocourti は国産の「真の」キャットフィッシュとして扱われない。法的にバサフィッシュ等と表記しなければならないようだ。実際、私たちが行った店では生産地のセの字も表記されていなかったが、「バサ」として売られていたためベトナム産だと思われる。

人を怖がらせるために大袈裟に書いているウェブページが多いが(それこそナマズロビーの暗躍をにおわせる)、中には食べても安全と説明しているサイトも。本当のところはどうなんでしょう。

捨ててしまうのもバサフィッシュが可哀想なので、仕方なく調理にかかる。レモン汁で洗い、塩コショウ、コリアンダー、タラゴン、チリ、カイエンペッパー、パプリカ、ナツメグ・・・ありとあらゆるスパイスを丹念に塗りこみ一度焼く。身がほろほろしているのかと思ったら、意外としっかりしていて崩れない。ニンニクで炒めた玉ねぎとリークを放り込み、熟したトマト、はちみつ、ベイリーフ、タイム、ストックと大量の酒でひたすら煮る。

真っ赤な鍋の中を覗きこみながら、サリンジャーの短編小説、『バナナフィッシュにうってつけの日』を思い出した。主人公のシーモア・グラースが、海辺で出会った小さな女の子シビルにバナナフィッシュの話をする。バナナフィッシュは海の中の洞穴に大好物のバナナを沢山見つけるが、バナナを食べているうちに大きくなりすぎて洞穴から出られなくなってしまい、そこで死んでしまうのだ。

鍋の中でぐつぐつしているバサフィッシュ。薬を食べていたら大きくなりすぎてしまって、収獲されたのかな。

バターライスと一緒によそってみた。

できあがった甘辛フィッシュシチューは魚の味が区別できないものになっていた。適当に作ったわりにはとても美味しいが、メコン川の底で育った薬漬けの魚を食べていると思うと何となく嫌な気分である。

「やっぱり魚が高いのは、理由があるんだよ」

明日からはホールフーズで一番高級な魚を買うことにする。


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by majani | 2015-09-28 08:57 | 食べる人々 | Trackback | Comments(0)

総理大臣が来る

先週、安倍首相がざ・ふぁーむを訪問し、学校のコンサートホールで講演会が行われた。

安倍総理のスピーチは、シリコンバレーのイノベーション、また creative destruction といったエートスから学べることが沢山あるという内容。日本企業のシリコンバレー進出を支援する企画や、サンフランシスコとロスを結ぶ高速鉄道の計画に対し、日本の新幹線をカリフォルニア州知事にピッチしたことなどを報告した。

国会演説とざ・ふぁーむで行われたシンポジウムに対し、思うことは色々あった。しかしここに書き留めたいのは、些細なことではあるが、全く違う感想である。

それは、これほどかしこまって、厳かなイベント会場をざ・ふぁーむで見るのは初めてだということ。

ざ・ふぁーむは東海岸のアイビーリーグ校に比べ、学会などの参加者の服装が随分カジュアルだと普段からされている。私の分野で、東海岸で訓練を受けている研究者が初めてこちらに招かれると、「堅苦しくなくて良いね」というジョークがあったり、「背広で出席しないんだね!」と驚かれたりする。ナンデモアリフォルニアの心地よい天候のせい(おかげ?)か、服装もなんとなくリラックスしてしまうのである。

それが今回の安倍総理訪問においては、参加者のほぼ全員がフォーマルな格好をしている。ざ・ふぁーむじゃないみたいだ。学校のロゴが入ったTシャツのいわゆる学生っぽい格好をした学部生がちらほらいるが、日本人学生・研究者・教授はピシッとした背広姿が揃う。見事な晴天だったこの日は夏のように暑く、本当はパンツ一丁でいたい気分だった私であるが、ジャケットをはおって行って大正解。

やはり日本人が集まるイベントは、かしこまっている。最近、オバマ大統領もざ・ふぁーむに来ていたが、その時でさえこんなにかしこまっていなかった。

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さて、ゲーム理論の簡単な例で、次のようなものがある。ある仲良しな夫婦が今夜出かけることになっているが、行き先がまだ決まらない。バレエを観に行くか、映画を観に行くか、二つのアクティビティが候補としてあがっている。

一人はどちらかと言えばバレエを観たい。しかし相手と一緒に時間を過ごすことが肝心なので、映画になっても別に文句は言わない。もう一人はどちらかと言えば映画を観たい気分だが、やはり二人で楽しめるのであればバレエでも良い。さて、二人は今夜どこに行くのでしょう?

ナゾナゾみたいになってしまったが、答えは至って普通。二人揃ってバレエの劇場、あるいは二人揃って映画館に行くのである。論理的なプレイヤーの二人がそれぞれ取りうる行動や最適な戦略など、その全てが一つの「ゲーム」とされ、お出かけする夫婦の例はコーディネーションが目的のゲームの一種だ。要点としては、「二人で同じことをする」、つまりコーディネートするのを優先しているため、いずれにしても一人がバレエに行ってもう一人が映画館、という結果は均衡として生じない。

事前に話し合っておけば、すんなり行き先が決まるはず(「今回バレエにしてくれたら、次は映画に付き合うよ」など、取引をしてもよい)。しかし問題が面白くなるのは事前に相談できなかった場合だ。6時に待ち合わせをしたのはいいが、場所を決める前に二人ともケータイの電池が切れて連絡が取れなくなってしまったとしよう。

国立劇場に向かうべき?それとも映画館?

講演会や学会に行く服装は、他の人が何を着てくるのか分からないが、それを推測して合わせなければならない、一種のコーディネーションゲームである。ケータイの電池が切れたまま、バレエに向かうか映画館に向かうか決めなければいけない夫婦のジレンマによく似ている。カジュアルな格好の方が若干楽ではあるものの、実際はフォーマルとかカジュアルとかどうでもよくて、とにかく自分だけ浮いているとマズイ、と考えるからだ。ドレスコードなど何等かの共有知識があれば安心して服装を計画できるのに、何も伝えられていないと慎重になる。

こちらに来て間もない頃、私は皆が映画館に行っている間、自分一人だけオペラグラスを持って淋しいバレエ劇場に行ってしまうということがあった。しかしこの「ゲーム」を遊び続けるにつれて、今日は映画館だな、今日はバレエだ、となんとなく分かってくるのもゲームの仕組みの一つ。ゲームを繰り返すことによって、学ぶチャンスが授けられるのだ。

もちろん、感覚が狂って皆がバラバラになってしまうことも。殊に一度限りのイベントや、他に誰が来るのか把握できないイベントはバラバラになる確率が高くなる。もっとも、オバマ大統領が来たときはコーディネートができず、映画を観に行った人もいれば、バレエの人もいた。それが安倍総理訪問の場合、事前に「何を着てく?」と話し合わなかったにも関わらず、国民性(?)だろうか、「日本人としての一般常識」みたいなものが作動し、ふぁーむらしからぬ「フォーマル」に一致したわけである。日本人が多いイベントだから絶対バレエだ!と他の人が意識していたかまでは分からない。とにかく私もバレエにして良かった良かったとホッとした。

こんなに日本人の仲間がいたんだ、嬉しいなあ、とも思った。

さて、バレエを見事に見極めたところで、暑いのには変わりない。最後に総理と握手する機会があり、手が汗ばんでいるのではないかと心配すればするほど、汗がにじみ出てくるような気がした。ぺとぺとしていたら、お許しください。これでも暑苦しい格好で一日頑張ったのです。

ここには日本人学生が少ないと聞きましたので、1人10人分くらい頑張ってください、という言葉を残し、総理は笑顔で、背広姿のアントゥラージュと共に颯爽と去って行った。総理の周りの人間は迷うことなく、毎日、毎日、バレエを観に劇場に現れるのである。


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by majani | 2015-05-07 15:44 | 院生リンボー | Trackback | Comments(2)

スモールトーク

先日、ざ・ふぁーむの病院に行くことになった。それがまたハイソな病院で、入口にはヴァレーパーキング、ロビーには静かなジャズが自動的に流れるグランドピアノがあり、豪華ホテルにのこのこ入ってきてしまったのかと目を疑う。

待合室で論文に目を通していると、暇そうにしている看護師の男性が、「寒くない?」と声をかけてくる。面白い物を読んでいると興奮して肩に力が入ってしまう癖で、それが寒そうにしているように見えたのかもしれない。大丈夫だと答えて論文に戻ろうとすると、今度は「日本のどこから来たの」と聞かれる。東京出身だと言うと、看護師はこう語り始める。

「東京か、懐かしいな。まだ若くて独身だった頃は六本木のクラブでDJしてたなあ。俺、グアム出身なんだけど、友達が埼玉に住んでて、よく日本に遊びに行ったもんだよ。埼玉には半年くらいいた。」

「へえ、六本木でDJしてたんですか」と相槌を打ったのが彼に自信を持たせてしまった。あの頃はナンチャラが同じクラブで仕事してただの、ナントカとよく飲みに行っただの、私が全く知らないDJの名前をいくつも呪文のように唱え始める看護師。

「日本は面白い。友達が駐輪所で自転車をがちゃがちゃ動かし始めて、何やってるんだと聞いたら、これは鍵がかかってないからお前も早く乗れって言うんだ。そうやってどこかまで乗ってくと、今度はそこらへんに乗り捨てて、おい、これここに置きっぱなしでいいのかと聞くと、大丈夫大丈夫、誰かがまた乗って元の場所に戻してくれるさ、ってね。便利なシステムだよね!」

そんなシステムないです。つまり自転車泥棒をしてたわけですか。

看護師は遠くを見つめ、ため息をついている。懐かしの埼玉時代を思い出しているようだ。案の定、

「日本で知り合った女性と結婚してね」

「はあ、そうなんですね」

「グアムに一緒に来てくれて、永住権を取得してさ。彼女はホテルバーで働いててね。そしたら彼女は同じ職場のギリシャ人と恋をしてしまったんだ。」

ギリシャ人だったかな。ジャマイカ人だったかもしれない。とにかくグアムのホテルバーで働く怪しい外国人に奥さんを取られてしまったようである。これは…慰めるべきなのか?

しかしその必要はなく、看護師は淡々と話し続ける。

「でも俺はこっちで結婚できて、今は娘がいて、すごく幸せさ!それにしても日本はいいとこだよ。いやあ、俺も若かったなあ、あの時。サンフランシスコのジャパンタウンはよく行くのかい?」

起承転結が一応あるが、支離滅裂なストーリーである。それに若かった若かったと言っている割にはそんなに年上という感じがしない。私がちんたら論文を書いている間、彼は埼玉で自転車を盗んだり、失恋したり、子供を産んだりしていたのである。人生色々だ。

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"Do not disturb signs #0096." Obsessionistas. Mar 7, 2012.


アメリカ人は「スモールトーク」が得意である。エレベーターや郵便局の列で一緒になった人と天気とかスポーツとかについて話す、ちょっとした会話のことを small talk という。(看護師の話はスモールトークを通り越してしまったような気がするが。)日本にスモールトークが存在しないというわけではないが、赤の他人相手に進んで自分の人生のことをさらけ出すこのオープンさには、今でも驚くことが度々ある。アメリカ文化独特な何かを感じる。

私は話しかけやすい顔をしているのか(ぼーっとしているのかも)、電車などで近くの人にちょくちょく声をかけられる。最初はつまらない話題でも、急に「ノースカロライナの伯父はムーンシャインを作ってるんです」とか、「私は趣味で、オレゴン州から仕入れたレアな木材でワニの模型を作るのが好きなんです」とか、絶対に普通の会話に出てこないような奇妙な事実が浮上する。それがスモールトークの面白いところでもある。どの時点でスモールトークではなくていわゆる「会話」になっているのか、定義のことはさておき、山の手線で隣のサラリーマンと酒造りについて話し込むなんてことはまずない。

ところで、ホテルバーのジャマイカ人が登場したあたりで、待合室に新しいおじいさん患者が入ってきて私の隣に腰かけた。途中からにも関わらず、看護師の話に目を輝かせ、もの言いたげな表情でこちらをチラチラ見るのである。しかし私はその「私も話したい」信号を冷たく無視し、看護師が仕事に戻ったのを機にまた論文に向かった。

しばらくすると、隣から嗄れ声が。

「お嬢さんはどこが悪いの」

やっぱり話したかったのね。わかりました。話しましょう。それにしても唐突な質問。

「脚を怪我したんです」

「私は膝の手術をここで受けたんですよ」と得意げなおじいさん。

「それは大変でしたね」

「もう治りかけですけどね。今日は肩がおかしいから診てもらうんです。ほら、左右比べると変でしょう。」

「そう…ですかねえ。まあ、私は専門家じゃないですからねえ」

「いいえ、確かに変なんです。ちゃんと見てください」

そしていきなりシャツを開いて私に肩を見せてくるおじいさん。

話したがり、見せたがりが集まる待合室だった。次回病院に行くときは、スモールトークを交わす(もとい、かわす?)技術をもう少し磨いてから挑むことにする。


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by majani | 2015-02-13 12:06 | ナンデモアリ | Trackback | Comments(0)

恋に落ちるサイエンス

街頭で捉まえた赤の他人と、たった45分間で恋に落ちることができるとしたら、あなたはやってみますか。



久しぶりにベートーベンさんと学食を食べたときに、次のような話になった。ベートーベンさんは恋愛なんか馬鹿馬鹿しいと言いかねない、「合理」を象徴する男である。しかし彼でも人肌寂しくもなるもので、またインターネットでデート相手を探し始めようかと考えていた。

「ベートーベンさんもオンラインデーティングするんだ。ちょっと意外」

彼は皿の上のチキンを均等に切り刻みながら状況をこう説明する。

「毎日忙しすぎて、バーで声をかけられるのなんか待ってらんない。それにゲイの人だけに絞れるから手間が省けるでしょ。オンラインの方が断然に効率的」

「なるほど。そういう考慮も必要なわけね」

「問題は時間。時間がない。時は金なり」

「あ、それなら、45分で恋に落ちることができるらしいよ。やってみたら」

「やだなあ、君もアレを読んだの?」

アレとは最近ニューヨークタイムズ紙に搭載された記事のことである。同期の間でちょっとした話題になった。

20年以上前に行われた心理学研究がピックアップされたもので、36問の質問を見ず知らずの相手と代わりばんこで答えていき、最後に4分間お互いの目をしっかり見つめ合うと、なんと恋に落ちるのである、という話。

個人的な質問のリストは進行するにつれて親密度が増す仕組みになっていて、心理学者が行った元の実験では被験者同士で実際に結婚したペアもいる、と記者は書いている。記者自身も同じ質問で知り合いの男性と実践してみたら、ちょっとイイ感じになったらしい。

本当だとしたら、なんて手っ取り早いことだろうか。

この「4分間見つめ合う」というのを最後に持ってきているのがミソ。36問目まで付き合ってくれる相手がいれば(けっこう面倒くさい質問も含む)すでに好印象を持っているというシグナルになっているのではないか、とふと思う。全く脈なしだったら10問前後で「この人と一緒にもう答えたくない」となってしまい、見つめ合うところまでたどり着かない。すると、最後まで残るような被験者ペアは恋に落ちる確率が必然的に高くなっているはずである。しかし実験を途中辞退した被験者については何も書いていない。

実際にやってみた。

もちろん、本来の実験と異なる部分がいくつかある。(1)お酒を飲みながら(2)すでに仲の良い(3)女同士で試みた。まるで実証にならない。つまるところお遊びでやってみた。

「4分で自分が歩んできた人生のことをできるだけ詳しく話しましょう」という指示もあれば、もう少し想像力を強いられる質問も。例えば、

「家が火事になりました。家族とペットの無事を確認した後、何か一つだけ家から持ち出す時間があります。あなたは何を持ち出しますか。理由も述べましょう」

「自分のこと、自分の人生のこと、あるいは未来のことを一つだけ教えてくれる魔法の水晶玉を手に入れました。あなただったら何が知りたいですか」

まだよく知らない相手なのに、「お互いの共通点を三つ挙げてみましょう」とか「相手の長所を五つ挙げましょう」など。

けっこう盛り上がったのだが、最後の方になると、自分が抱えている悩みや、死に関する質問が多くなってくる。最も親しい人にしか打ち明けないようなことを打ち明けさせるのに意義があるようだ。

「…なんか暗いね」と相手のサファリさん。

「うん。せっかくの酔いが醒めてしまう」

憂鬱になる前に中止した、というか少し飽きてしまったというのが本音。

真面目なベートーベンさんと現地逃避を得意とする私は、元の心理学研究の論文をダウンロードしてみた。質疑応答は45分程度かかるとのこと。学者らは、結婚した被験者たちのことに関しては、「後にこーんな思いがけないこともありました!」という具合に軽くコメントしている程度で、研究結果と結びつけていない。実験との因果関係が実証されていないから、それ以上言えないのである。また、短期的な「親密さ」や「親近感」が生まれると主張しているものの、「恋に落ちる」や「長期的な恋愛関係に繋がる」等の表現を敢えて否定している。

拾い読みしただけだが(これも読んでいるうちに飽きてしまった)、早い話が「実際に結婚したカップルがいた」という部分が独り歩きしてしまったようだ。全国で愛読されるニューヨークタイムズ紙が面白い所だけかいつまんで伝えたことから「4分間見つめ合うだけで、誰とでも恋愛ができる!」という勘違いが広まっていく一方である。まあ、面白おかしく書かれている記事だから、読んだ人が鵜呑みにするとは思わないけれど。

「大衆向けに書いてると適当になっちゃうもんなのさ」と偉そうに語るブルジョアなベートーベンさん。

「じゃあ36コの質問はプロフィールに載せたりしないの」

「けっこう良い質問もあるんだけどね。…ふん、考えとく」

やっぱり話がウマすぎたか。恋に落ちるサイエンスは、けっきょくまだ不透明な部分多し。


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by majani | 2015-02-04 13:08 | 院生リンボー | Trackback | Comments(0)

新しいフーコー

今週の哲学のセクションは拷問と死刑の話をする予定だ。生徒たちに読ませている論文で、フランスの思想家ミシェル・フーコーやモンテーニュを引用している学者がいたので、そういえば自分のフーコーの本はどこにやったかなと家中をひっくり返してみたところ、一冊も出てこない。オフィスに隠れているのか、ニューヨークか日本に置いてきてしまったのか、わからない。

せっかく早起きできたのだからすぐ仕事にかかればいいのに、何故かアマゾンでフーコーの本ばかり見ている。仏語版は大学時代使っていたものがどこかにあるはずなので、良い英訳がないか色々検索してみた。するとVintage 出版社の割と新しい『監視と処罰』を発見し、心が動く。この表紙、凄くイイ。

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何がイイかって、ごちゃごちゃした推薦文が一切無く、普通の木製の定規の絵とミニマリストな字体のタイトルだけだ。殊にこの定規が上手く使われている。昔のイギリスの寄宿学校とかアイルランドの男子校とかが設定の小説によく出てくるような話で、何か悪いことをすると先生に定規で手のひらを引っ叩かれるという恐ろしさを思い起こさせる、明確で理解しやすいイメージだ。


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フーコーの本をシリーズで再版したらしく、『監視と処罰~監獄の誕生』の他に『性の歴史』全巻や『狂気の歴史』など同じスタイルの表紙で手に入る。例えば、『快楽の活用(性の歴史)』 はかじりかけのリンゴの絵。もちろん、エデンの園のアダムとイヴを想起させる。かじった跡が多少黄ばんでいるところも意味深い。こういう細かいところまで気を使っているのですね。


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『言葉と物』 “The Order of Things” という公定の英題になっているため(order は順序・秩序)、マトリョーシカが表紙に並んでいる。『知識と権力』 は冠の絵。

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わああシリーズを一式大人買いしたい!ってなってしまう。とても効果的なマーケティングである。侮れないヴィンテージ社。

昔からヴィンテージ社のブックカバーが好きだ。こういう印象的なイメージ一つで勝負するシンプルな表紙もあれば、手の凝ったデザインの表紙もあり、いずれにしてもセンスが非常に良い。因みにフーコーで今でも一番印象に残っているのが、大学時代に初めて読んだ『ピエール・リヴィエールの犯罪』。(原題は Moi, Pierre Rivière, ayant égorgé ma mère, ma sœur et mon frère... Un cas de parricide au XIXe siècle. 「私、ピエール・リヴィエールは母、妹、弟を殺害しましたが…」というショッキングなタイトル。)これもカッコイイ表紙で再出版してくださいとヴィンテージ社に頼みたいものだ。

朝っぱらから何をやってるんだか、アマゾンでブックカバーを堪能した後、キャンパスへ向かう。

獣道は毛虫が多いので、最近避けていた。今日、久しぶりに獣道を使ったら、啄木鳥に出会えて嬉しくなった。手を伸ばせば触れるくらいの距離にいる啄木鳥は赤い帽子をかぶってぼーっとしていた。しばらく息を潜めて眺めてからまた歩き出したら近くの違う木に鷹が留まっていて、鋭い眼をぼーっとしている啄木鳥の方向にやっている様子だったので、ハラハラした。獣道は険しい。

昼ごはん。オフィスメートの助奈探君とカフェテリアに行き、サーグ・チキンとナンを食べる。コーヒー(一杯)。

夜までキャンパスで仕事をしていたら近所のスーパーの閉店時間が過ぎてしまった。食料品が何もない家に買えってきて、ひもじいなあと思いながら冷蔵庫を整頓していたら(ピクルスの瓶を4つも発見)、後ろのほうから巨大な茄子が出てきた。宝くじに当たったような気分だ。ナンデモアリフォルニアの茄子は大きくて、私の顔くらいある。とういうわけで、晩ごはんは茄子の天ぷらとご飯(一膳)。ワイン(2杯)。


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by majani | 2014-05-09 17:11 | 言葉と物 | Trackback | Comments(0)

ハイドンと牡蠣の話

天国で行列ができている。

何が起きてるのか気になって並んでみると、先で天使が命を配っているらしい。自分の番になると、配給係の天使がこう言う。

「フランツ・ヨーセフ・ハイドンのような素晴らしい作曲家の命か、ハッピーで満足している牡蠣の命、この二つから選べます。どちらにしますか。」

「じゃあ、ハイドンで。」

すると天使はため息をつく。「困りましたね。さっきから作曲家の命ばっかりもらわれて、牡蠣が一杯余ってるんです。」

「はあ、そうですか。でも私はやっぱりハイドンのほうが…」

「ではこうしましょう。牡蠣の命を選べば、500年生きられるようにしてあげます。作曲家はせいぜい70年の命。」

「えー…。でもやっぱりハイドンかな。」

「牡蠣はとても満足なんですよ?500年も穏やかな快楽を味わえるんですよ?作曲家の70年に比べたらやっぱり500年の快楽でしょう。」

「500年ねえ。う~ん、でもハイドンは捨てがたい。」

天使は少しイラついている。「そこをなんとかお願いしますよ。しょうがないですね。500年と言わず、永遠に生きられるようにしてあげますから。永遠の快楽ですよ?そうしたら牡蠣を選んでくれますね。」

「…ちょっと考えさせて。」

さて、あなただったらハイドンと牡蠣、どちらを選びますか。

上のハイドンと牡蠣の話はロジャー・クリスプ(1997年)がジョン・スチュアート・ミルの功利主義について書いた本に出てくるものだ。なんとなく間の抜けた会話は私が適当に想像した。

功利主義の父と呼ばれるジェレミー・ベンサムのような量的快楽主義の立場からすれば、満足した牡蠣の命を選ぶべきだ。70年の快楽よりも、永遠の快楽のほうが多量であるから。しかし満足した牡蠣であるよりハイドン、それも不満足かもしれないハイドンであるほうが良いと思う人は多いと思う。ハイドンであるほうが良いということは、何か質的に違うものがあると感じているからだ。

ミルは高級快楽と低級快楽と、場合によって快楽の質が異なることに気づき、前者のほうが快楽の価値が高いと考えた。大量の低級快楽(たとえば「海に浸かってるのって気持ちいいなあ」と感じている牡蠣の快楽)よりも、少量の高級快楽(たとえば作曲する楽しみ)のほうが価値がある、と。でも牡蠣が永遠に生きられるなら、ある時点でその低級快楽の価値がハイドンの70年分の高級快楽の価値を追い越してしまうのではないかという心配が残る。すると功利主義者は牡蠣の命を選択せざるを得ないのか。

この問題についてもっと色々言うべきだが、とりあえずここまで。実はこういうテクニカルで硬い話じゃなくて、『不思議の国のアリス』に出てくる牡蠣のことが話したかった。

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アリスがトゥイードルダムとトゥイードルディー(そう、おじさんみたいな顔をしたあの双子)に出会い、ありがた迷惑でちょっぴり失礼な二人から早く逃れたいのだけれど、いやいや「セイウチと大工」の歌を聴くシーンだ。セイウチと大工が浜辺を歩いていて海から牡蠣を連れ出す話で、若くてウブな牡蠣はセイウチにまんまと騙されて食べられてしまう。

原作の『不思議の国のアリス』はジョン・テニエルの挿絵で、ちょっと不気味なところが味わい深く、私はセイウチと大工が牡蠣に話しかけている場面のペン画がとても好きだ。そのポスターがずいぶん前から家にあり、額入れしないまま忘れられていた。昨日、生徒とハイドンと牡蠣の話をしていて、このポスターのことを思い出した。今日、久々に本棚の整頓をしていたら『サザエさん』の山の後ろから箱に入ったまま出てきたので、近いうちに額入れしたいと思う。額はシンプルな黒が良いかも。

朝ごはん、ナシ。寝ていたから。
昼ごはん。カレー。紅茶(一杯)。
晩ごはん。友人の人魚姫さんの家に遊びにいき、そこで中華の出前を取る。ビール(3杯)。

フランスのテレビ番組、Les Revenants をマラソン放送で観る。直訳だと『戻ってきた者』、『帰ってきた者』。


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by majani | 2014-04-13 19:42 | 院生リンボー | Trackback | Comments(0)

獣道で見たもの

ざ・ふぁーむは、ほとんど年中、春のような天気。ぽかぽか暖かくて、風が吹くと少し肌寒い。

最近はマロニエとモクレンが花咲いていて綺麗だ。家の近くにコンビニがあり、その隣に桜が咲いていてびっくり。薄いピンク、いわゆる桜色だけど…日本のソメイヨシノと比べてワイルドな感じがするのは気のせいか。ハナミズキに騙されているのかもしれないので、明日またじっくり見てこよう。とりあえず先を急ぐ。

さて、キャンパスのオフィスに出勤するときに使う近道がある。繊細な草花が茂っていて、木漏れ日の中をつがいのコマドリが追いかけっこをしているようなお気に入りの場所だ。小動物や私のような隠れ喫煙者しか通らないので、この近道のことを私は「獣道」と呼んでいる。獣道を少し外れると廃れた木製のピクニックテーブルがあり、そこのベンチにしばらく腰掛けてのんびり煙草を吸ったり、本を読んだりすることもしばしば。これがとても気持ち良いのだ。

今朝もピクニックテーブルに立ち寄った。煙草を取り出している最中、テーブルがかすかに震えているように見えた。何だろうと思ってテーブルに近づいてもう一度よく見てみると、テーブル一面が毛虫に覆われている。

それで思い出す。私、春が苦手だった。

毎年、忘れた頃にやってくる毛虫軍団。テーブルには少なくとも50匹の毛虫がいる。気持ち悪いけれど、何故だか見入ってしまう。フサフサした毛が生えた立派な黒い角(触角?)があり、お尻の部分は、まるで尻尾のような焦げ茶色の毛の房がぴょろっと出ている。全体的に黒っぽい体だが、ところどころクリーム色の毛も混じっていて、赤い斑点模様が垣間見える。どいつもこいつも激しく蠢いているので、模様がはっきりと見えない。腹筋をし始めた奴もいる。うっかり側のベンチに置いてしまった鞄を手に取ると、下からぺしゃんこになった毛虫がいきなりボロッと落ちてきて意表を突かれる。

そこらにいる鳥は毛虫に見向きもしない。天敵はいないのだろうか?いかにも毒々しい容姿だ。母が、毛むくじゃらのは大概、蛾になり、すべすべのは蝶になると言っていたのを思い出す。こんなに大量の蛾が発生したらたまらない。せめてどんな蛾になるのか知っておきたい。

朝ごはん、ナシ。カフェラテで済ます。
昼ごはん。ドイツの里帰りから戻ってきた院生仲間とランチ。バジルのキッシュと、プチトマト、ルッコラとピスタシオのサラダ。冷えたチャイ・ティー(一杯)。夕方はずっとオフィスで仕事。
晩ごはん。マクドナルドのビッグマック。ビール(一缶)。

夜、帰ってきてインターネットで毛虫を調べてみると、私と全く同じ質問をしているイギリス人のおばさんをヤフー知恵袋で発見。二年くらい前、今朝私が見たのとおそらく同じ種類の毛虫が、このおばさんの庭でピンクの薔薇をむしゃむしゃ食べていたらしい。イギリスでもこんなことしてたのか!悪い毛虫だ。

しかし毛虫でもなんでも、ヤフー知恵袋って必ず誰かが親切な答えを出してくれているのが不思議。イギリスで薔薇を食べ散らかしていた毛虫と同類だと確信できたのも、ここで調べてみたらいいよ~と答えていたベストアンサーのナントカさんのおかげだ。彼が貼ったリンクをクリックすると、まるで面通しさせるための容疑者の列のように、色々な毛虫の写真が並んでいるウェブページに飛ばされ、見比べながら蛾の英語と学名が調べられるのだ。

獣道で見たのは vaporer moth / tussock moth の毛虫に似通っている。Tussock とは草むらのこと。因みに、日本語では毒蛾らしい。


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by majani | 2014-04-03 18:13 | 動物王国 | Trackback | Comments(0)


ナンデモアリフォルニアの某大学院で研究中。海外生活、旅、散歩で出会った生き物などの記録です。たまに哲学や語学に関するエッセイもどきも。


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