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本屋で憂鬱症のペンギンと知り合う

この間、サンフランシスコのシティーライツ本屋(City Lights Books)のウィンドウ前でコーヒーを飲んでいたら、「良い本屋とはどんな本屋だと思う」と友人に聞かれた。

「それは人によるんじゃない」

「じゃあ、君の場合は」

「具体的な本を探しているとき、それが見つかると嬉しい」

「人によるというか、それは誰でもそうだと思うけど…」

まったくそのとおりである。そこで「良い本屋」について少し考えてみた。

もっとも、最近は近所の古本屋に入り浸っている。いつも「旅に待ったなし」をモットーに生きている私は、本屋に入ったときも「本に待ったなし」と思ってしまう。たまたま見つけた面白そうな本をその場で買っておかないと、次に本屋に入ったときに見つからなくなってしまうからだ。表紙の色やデザインはぼんやりと記憶に残っていても、タイトル、ましてや著者を覚えていることは極めて稀。つまり忘れっぽいのだ。

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古本屋の掘り出し物。

この「たまたま見つけた」というのが重要で、別のものを探している途中に何気なく手にとった本のページをぱらぱら捲っていたら、じわじわと興奮してくるのが良い。家に持ち帰って一気に読みたくなるような本、それも書評など見つからないような無名の作家が書いた小説や、表紙が大人しいわりには一ページ目からにして不条理な展開が待ち受けている短編集など、そんな本に偶然に巡り合うと実にワクワクするではないか。

こういった「偶然」を確実に生み出す本屋、それが私にとって良い本屋である。もちろん、まったく無茶な要望で、「偶然」を「確実に生む」ことは矛盾しているように思える。しかし本の配置やテーマ別のディスプレイなど、工夫の余地が色々あるわけで、この点で本屋側は美術展のキュレーターに似ている。「たまたま見つけた感」が如何に感激的で、またどのような頻度で生まれるかは、ある程度、本屋側のセンシビリティによって決まる。

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印象深い表紙なのに小説家の名前をすぐ忘れてしまう、悪い癖。 Royle, Nicholas. 2013. First Novel. London: Random House UK.

こんな会話を友人としていた City Lights Books はサンフランシスコの中華街とノースビーチの境目にある有名なインディペンデントブックストアだ。

昔はビート詩人や小説家が集まった、映画に喩えるとミニシアター系、音楽に喩えるとインディー系とでも言おうか、とにかくお洒落でヒップな本屋である。地下のノンフィクションの在庫は乏しく思えるが、フィクションに関しては充実しており、入り口近くの最新ペーパーバックを始め、ウィンドウに飾った風変わりな本や世界文学の本など実に楽しい品揃えで、面白い本が「たまたま見つかる」ことに期待できる本屋である。また、二階の詩の部屋や本棚の間などに椅子が置いてあるので、立ち読みどころかしっかり座って本を吟味することができる。

サンフランシスコの街に出ることはあまりないが、近所のインディペンデントブックストアや古本屋によく立ち寄る。古本屋の場合、一見キュレーター並みの工夫は何も無いが、やはりどんな古本を買い取るかによってその本屋の独自性が現れる。近所の古本屋は、クラシックな本の早版や少し変わった限定版、また詩集もかなりの数が置いてあり、うかうかしていると二時間ほど長居してしまう危険がある。

先日訪れたときは、狭い通路に山積みにされていた本の中から「ジョン・ミューアの歌」という薄いノートみたいな本が出てきた。ミューアウッズのことは以前少しだけ書いた。投げやりな感じに通路に置いてあったのを手にとって始めて知ったが、ミューアは作曲もしたらしい。たまたま見つけた本は、挿絵付きのミューアの曲集だった。


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出会い物はジャケ買いもアリ。Nooteboom, Cees. 2003 [1994]. Trans. Harvill Press. London: Random House UK.

今まで「たまたま見つけた」本の中で気に入っている例として、ウクライナ人作家アンドレイ・クルコフの『ペンギンの憂鬱』1996年)。

憂鬱症のペンギン、ミーシャと共に暮らしている貧乏作家の話で、不思議に満ちた悲喜劇だ。ハードボイルドな要素があるにも関わらず、不眠に悩むミーシャが人間っぽくアパートを歩き回ったりため息をついたりするシーンなど、日常生活の哀愁と孤独の描写が面白く感じられる。

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私もウツっぽいペンギンと暮らしたい。Kurkov, Andrejy 2001 [1996]. Death and the Penguin. Harvill Panther.

因みにロシア語の原題は『氷上のピクニック』、私が読んだ英訳は Death and the Penguin 『死とペンギン』である。海外文学のタイトルがどうやって訳されるか、その翻訳政治について私は何も知らないが、実に興味深い。例えば、続編に Penguin Lost (ざっと訳してみると『喪失したペンギン』、『ペンギン喪失』)があるが、原題は『カタツムリの法則』で、また仏題は Les pingouins n’ont jamais froid (『ペンギンは寒がらない』)。この『カタツムリの法則』というタイトルがとても気になる。

もう一つ例として、60年代におけるラテンアメリカ文学ブームの代表的な作家であるマリオ・バルガス・リョサ。よくガブリエル・ガルシア・マルケズなどとひっくるめて「ラテンアメリカ文学作家」とされてしまっている(私もたった今そうした)。最近、彼の作品の中であまりよく知られていない非政治的な本が気に入っている。ユーモアたっぷりの『継母礼賛』(1988年、Elogio de la madrastra )も、やはり、たまたま見つけた本だ。

友人との会話に戻ると、私たちの場合、基本的に毎日読んでいる本はウツっぽいペンギンとかセクシーな継母とかの話でないことは言うまでもない。研究の関係で本を探しているときは普通の書店で見つからないケースが多いため、インターネットで購入するか図書館で借り出すことになる。偶然に頼ることも、もちろんない。

「じゃあ、けっきょく良い本屋に求めるものは何だろう」と友人。

「小さい本屋ってけっこう好き。まあ、小さいから良いということはないけれど。一番嬉しいのは、まさにこの本屋に入らなかったら絶対に知ることのなかった本が見つかることじゃないかな。」

「ふーん、なるほど。僕は大きな書店も好きだけどね。平積みになっている本を見るのって楽しいと思わない。なんとなくトレンドも分かるし。」

「そうそう。あと、心地良いアームチェアが所々に置いてあるとさらに良いね。」

「けっきょく本屋でもくつろいじゃうんですね!」と明るくコメントする友人。

本屋でも、が余計だが、それはさておき…。

ある意味、大学院生は憂鬱症のペンギンのようだ。同僚や教授と共同研究をする時期もあれば、孤独な時間もあり、夜遅くオフィスを歩き回ってため息をつくこともしばしば。くつろぐ時間は大学院生にとって、とても大切な時間だと思う。インターネットで本を買うのが主流になっている時代だからこそ、昔ながらの本屋に足を運んで、偶然と憩いを求めてしまうのかもしれない。

あと、冷房。ざ・ふぁーむは最近、とても暑い。

Or me.

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by majani | 2014-08-04 14:53 | 言葉と物

カリフォルニア、ニューヨークを経て、ボストンにやってきた学者のブログ。海外生活、旅行、日常の記録。たまに哲学や語学に関するエッセイもどきも。


by majani