人気ブログランキング | 話題のタグを見る

蛸の気持ち

友人サファリさんと「パンデミック・ブッククラブ」を始めた。

蛸の気持ち_f0328897_04300833.jpg

サファリさんとは付き合いが長い。どの大学院のオファーを受けるか決め兼ねていたその昔、後にお互いとも選ぶことになる博士課程のキャンパス訪問で知り合った。日がさんさんと降り注ぐナンデモアリフォルニアの空港で同じカープールになり、7年を共に(うんうん苦しみながら)過ごした。お互い性格が全く違うのに馬が合う。実は去年、彼女もボストンに引っ越してきたのだが、「ボストンはつまらない」と言ってさっさとニューヨークに移っていってしまった。昔からフットワークが軽いサファリさん、世界の都市を転々としているうちにパンデミック騒ぎになってしまい、現在ベルリンで籠城中だ。

ナンデモアリフォルニアやボストンではちょくちょくワインバーに集合して近況報告をしていた。今や別々の街で立てこもっているため、バーチャルで読書会を始めることにした。

蛸の気持ち_f0328897_05071156.jpg

とにかくコロナウィルスと全く関係ない本を読みたい!ということで、ブッククラブ一冊目は Peter Godfrey-Smith の Other Minds: The Octopus, the Sea, and the Deep Origins of Consciousness

サファリさん提案のこの本は、以前『本とブラインドデート』の記事で立ち読みしてから私も興味津々だった。著者は哲学者だがダイビングとシュノーケルを趣味とし、長年触れあってきた蛸やコウイカについて書いている。蛸とイカを含む cephalods (頭足類)は人間と全く違う進化を辿ってきたため、最後に共通している祖先に辿り着くには約6億年(!)も遡らなければならない。ピンとこない数字だ。生物学的にこれ以上離れた生き物はないというくらいエイリアンな蛸 — しかしながらどこか人間臭い「好奇心」や「遊び心」があるように思える。「蛸で在るというのは、どんな気持ちだろう?」という些細な疑問から始まった、生物の主観的体験と意識の起原を探求するノンフィクション。

ドライになりすぎずユニークな観点で書かれていて(哲学者なのでダビッド・ヒュームやジョン・デューイに触れる章もあったりする)、また著者自身がダイビング中に出会った蛸やイカたちの愉快な逸話が組み込まれている。色鮮やかなディスプレイを披露するコウイカたちに、カンディンスキーとか、マティスとか、芸術家の名前を付けているのが微笑ましい。優しい学者さんなんだろうなあ。

毎週、少しずつ読み進め、週末スカイプでサファリさんと感想を交換する。サファリさんは学者の観点で読んでしまうせいか「この論点が弱い、あれは全く納得できない」とどうも厳しい目線になりがちだが、私は単純に「うーん!面白い!」の連発だ。何億年も前に存在した蛸の先祖を海底を這いまわる「マカロン」やぷわ~んと浮き上がる霊妙な「ツェッペリン」に喩えたりすることによって、人生で一度も見たことのない(そしてこの先も見ることのない)深海でも、そこで繰り広げられる奇妙な生物たちのドラマが鮮明に伝わってくる。

ロブスターはともかく、蛸が食べられなくなりそうだ。

蛸の気持ち_f0328897_04302276.jpg

同時進行で読んでいる他の本は、たまたま旅がテーマとしてある。家にずっといるから無意識に旅に関する本を手に取っていたのかも。

先日読み終わったのが、母が譲ってくれた Geoff Dyer のトラベルエッセイ集、White Sands: Experiences from the Outside World。語りての「私」はダイヤーであり、ダイヤーでない。行く先々で土地が彷彿させる音楽や文学、記憶や雑感について綴っている。フィクションとノンフィクションの間をとったような催眠的なスタイルは、W.G. Sebald著の不思議な写真を交えた英国の海岸旅日記 Rings of Saturn に通ずるものがあるが、ゼーバルトより読みやすく、エレガントで静かなウィットに富んだ一冊だ。ジャズ音楽に纏るエピソードもあり大変楽しめた。

また、半分くらいしか読んでいないけれど、Graham Greene の長編小説 Travels with My Aunt を楽しくノロノロ読んでいる。語りてはダリア栽培を趣味とするいわゆる「普通のオジサン」、ヘンリー・プリング。母の葬儀で、自由奔放に生きる75歳の叔母オーガスタと15年ぶりに再会し、彼女と共に常識と非常識が交差する旅へいざなわれる。

蛸の本がそろそろ終わるため、ブッククラブの二冊目を考案中だ。サファリさんはちょっとヒッピーなので、似非メディテーションやらサイケデリックの化学やら、そういう類の本を薦めてきたが私は内心「え~…」という感じだ。

何かおススメの本、ありますか?



ブログランキング・にほんブログ村へ
by majani | 2020-05-03 06:08 | 言葉と物

カリフォルニア、ニューヨークを経て、ボストンにやってきた学者のブログ。海外生活、旅行、日常の記録。たまに哲学や語学に関するエッセイもどきも。


by majani