私は来年、結婚する。その準備で一時帰国をしていたが、日本から戻ってきた翌日にサンフランシスコ空港にとんぼ返り。婚約者の旧友がフィラデルフィアで結婚をするので、私も久々に東海岸へ飛ぶことになったのだ。
まさにアメリカはウェディングシーズン真っ只中である。ここで旅の記録を交え、日本の結婚式とフィラデルフィアで出席したアメリカ式のそれを照らし合わせ、異なる点をいくつか挙げてみようと思う。
まず、アメリカの結婚式に呼ばれた場合、夫婦でなくとも「プラスワン」を、つまり彼氏・彼女を連れて行くのが一般的だ。招待状の返信時にプラスワンの有無を記す。因みに恋人と一緒に結婚式に出席することは、「一緒に住む」・「家族に会う」にやがて結びつくかもしれない二人の恋愛関係の大事な節目とされている。
私は旧友マイケルジャクソンくんに一度も会ったことがないが、プラスワンとして式に出席することになった以上、マイケル他、大勢の知らない人と
スモールトークを上手にこなさなければならない。真夜中の飛行機の中、婚約者の大学時代の写真をもう一度見て、マイケルジャクソンと親しい来賓者の顔や名前を頭に叩き込んだ。
フィラデルフィアに到着すると朝になっている。レンタカーで都内へ。
さすがは歴史のある街フィラデルフィア。郵便局までが立派だ。
初めての街なので迷いながら車を走らせていたら、リバティーベルなどがある人気観光スポットのごちゃごちゃした道に出てしまった。馬車が公園周辺にずらりと停まっている。「馬が好きなら、バスに乗れ」と抗議している動物愛護者の集まりも見かける。
ダウンタウン(だったのか?土地勘がない)の静かな一帯にひとまず逃げ込むと、一日中ブランチが頼めるカフェを発見。
Café Lift という。ひと気が無い通りでも、いったんドアを開くと、ワッと賑やかだ。パイプがむき出しの高い天井とミニマルな椅子でがらんとしたインダストリアルな雰囲気を醸し出していて、なんだかサンフランシスコっぽい。食べに来ている若者もそれ風の髭を生やしていたり、大胆なサマードレスにスニーカーを合わせていたり。
ベーコン、スクランブルエッグとフォンティナチーズを包んだ、ほのかに甘くデリケートな crespelle (イタリア版のクレープ)がテーブルに運ばれてくる。これにメープルシロップをかけて、チーズとベーコンに絡ませながら食べる。コーヒーのおかわりをもらうと、飛行機の疲れが一気に吹っ飛ぶような気がした。
フレンチビストロ、Caribou Café 。
「ところで、今夜どこに泊まるのよ?」とハーパーリー。「友人カップルたちとのディナーに呼ばれてるんだけど、あなたたちと飲めるんだったら、そのほうがいいわ、私」
ハーパーリーは一番若くして妙に大人っぽい喋り方なので、思わずふふと笑ってしまうことがある。
「ええと、フォートワシントンとかいう所」
「都内じゃないの?なんだ、郊外ならうちに泊めてあげたのに」
「彼らのウェディングウェブサイトによると、このホテルが式場に近いんだって」
「そういえば、あなたたちもウェディングウェブサイト作ったの?」
さて、このウェディングウェブサイトというもの。ちょっとした曲者である。
結婚情報サイトではなく、新郎新婦本人たちが設置するサイトで、挙式・披露宴の場所、日時、ドレスコード等の詳細を載せる。(全ての情報がここに集まっているため、その分、招待状は概要だけでアッサリしているケースが多い。返信も最近はウェブ上で行われる。)また、二人の写真やなれそめ等もここで紹介するのだが、アメリカ人はベタベタしている写真や、読んでいるほうが赤面してしまうような二人のラブストーリーを堂々と載せているので凄いなと思う。
実際に彼と一緒にウェブサイト製作に取り組んだ。突貫工事ですぐできるさとバカにしていたら、これが想像以上にトリッキー。「皆に結婚式に行きたいと思ってもらえるようなエキサイティングな文章が欲しい」とか、「なれそめのページを一応作りたいけれど、自分たちの写真は載せたくないから、ここもやはりエキサイティングな文章で補う」とか、「というかこのエキサイティングな文章は誰が考えるのだ」、「やっぱり写真載せるか」と二人で議論しているうちに一週間が消えている。
「ハーパーとギャロの時は、なれそめのページがなかったよね」
「なくてもいいのよ、そんなもの。まあ私たちの場合は、どう考えても載せられなかったけど」
付き合い始めた当時、ハーパーは若き学生インターンで、ギャロはその上司だったのだ。
「あの時は私たちも心配したけど、ギャロがいい奴で良かったよ!結果オーライだったね」
とメガトロンが、うんと年上のギャロの厚い肩をぽんと叩く。
重要なことに、アメリカの結婚式はご祝儀がない。
新婚生活に役立つ物を贈るのが一般的であるが、近年は、新郎新婦のウェブサイトにリンクされている、ウィッシュリストと同じ働きを持つ「レジストリー」を使うのが主流。新郎新婦が大手デパートや家具・キッチン用品店に登録し、事前にショップで選んだ品をレジストリーに表示する。参列者がその中からプレゼントを購入すると、店から新郎新婦に送り届けられるという仕組みだ。本人たちが欲しい物だと確信が持てるほか、式当日にかさばる物を運ばなくて良いのが利点としてある。アメリカらしい合理性が備わっているシステムだ。
しかし、最近は少し日本式になりつつある。若い人たちは既に同棲していることが多く(場合によっては何年も)、新しい家具や高級食器を貰ってもしょうがないというカップルが増えているせいか、物の代わりにヨガクラスの費用や新婚旅行資金など、カップルとしての「体験」をレジストリーに載せることが流行っている。「学生ローンを払い戻すのを手伝う」なんてのも知人のレジストリーで見たことがある。新婚生活とあまり関係ないような気がするが、伊達に自由を愛する国じゃないからね。それにしても「ローンを払い戻す」まであるのに、ただの「お祝い金」がないのは不思議である。
アメリカの結婚式は何回か出席しているので何となく流れの予想が付く。挙式が済んだ後、カクテルアワーといい、お酒とちょっとしたおつまみを楽しみながらゲスト同士での歓談がある。マイケルジャクソンの結婚式では、チーズプレート、プロシュートやサラミ、ガスパチョ(夏なので)、フルーツなどが出た。次に食事、そしてファーストダンス。ダンスパーティーでお開き。
踊るのが嫌いだと主張していた婚約者であるが、マイケルジャクソンにダンスフロアに引きずり出されてしまった。汗を流したら少しは気が変わったのではないかと尋ねると、自分の結婚式では絶対に踊らないからっと叫び、拗ねてしまった。そんなに嫌いだったのかと唖然としていると、急に「ワルツなら踊ってもよい」と言う。ワルツはスローに見えて意外と難しいのですよ。
アメリカの式には珍しく、午後の早い時間に解散。街に戻って二人で夕食を食べることにする。
リッテンハウス・スクエアの近くのイギリス風パブレストラン、
The Dandelion へ。ダンディライオンといえばタンポポのことだが、「ダンディーなライオン」とかけていて、シルクハットを被ったこ洒落たライオンが、店の看板、メニューの表紙、気が付けばそこにいる。
チキンとダックのレバーパテと、粒マスタードが利いたウサギのパイを注文した。さらにパブフードの花形、アツアツのフィッシュアンドチップスを二人で分ける。キャスク(ビール樽の種類)の中で発酵させ、減菌処理をせずそのまま容器から注がれるキャスクエールも試してみる。その甘酸っぱさは、とろりと蒸し暑い夏の夜にぴったりだった。
酔い覚ましに、リッテンハウス・スクエアの周りをぶらぶら歩いた。遅い時間なのに、まだ人がオープンエアカフェで一杯飲んだり、小さな劇場の前で列を作ったりしている。フィラデルフィアは、地元の人が真に街を楽しんでいるような感じがして、とても気に入った。
フィラデルフィア旅日記、続く。
Or me.